月灯りのミウ 7/16
(第7話)マコトの話
ミウと再会して渋谷のホテルに来たものの、僕はミウから訳の分からない話を聞かされ途方に暮れていた。
「そんな事って、ある?」
話を聞いてる途中から何度もこの言葉が口をついて出た。
「まあ、信じられないって事は分かるけど、午前3時まであと少しよ。どうせならそれまで付き合ってよ。これはお願いよ。そうしたら全部ハッキリするから」
ミウは全部話し終えて、少し疲れた表情を見せながらもその眼差しは真剣だった。
「分かったよ。どうせこの時間にここを出たところで中途半端だ。始発までにはまだ時間が有り過ぎる。だけど、あんたの言うことを全部信じた訳じゃない。もし、何か裏があるのなら、その時は、許さないからな!」
どうしようもない気持ちだった。騙されて睡眠剤を服まされて利用されていた、それも元カレを探す為だったなんて、自分が馬鹿に思えて来る。
しかもその話だって、どこまで真実なのか分かったもんじゃない。世の中にはとんでもない虚言癖のある人間はたくさんいる。ミウの言ったことは作り話としては巧妙に構築されているが、あちら側の世界だなんて、そんな事、俄かに信じられることではない。もう、酔いはすっかり醒めてしまって、女を抱く気持ちはすっかり失せてしまっていた。
冷蔵庫を開けて仕方なく僕はエビアン水を取り出して飲んだ。知らぬ間に喉がカラカラに渇いていたようた。
窓から月灯りが部屋の中へ差し込み始めた。
「そろそろよ。いい?」
「僕はどうしてたらいいんだ?」
「あの時と同じ条件が必要なら、マコトさんはベッドの上にいて、眠らなくてもいいから、そこで見てて」
「それでどうなるんだい? 上手く行ったらの話だけど」
「私はこの鏡を通り抜けてあちら側に行くから、あとは好きなようにして、適当な時間に帰って貰えばいいわ。ホテル代はここに置いておくから」
「……ふ〜ん、なるほどね」
僕はそれでも半信半疑でミウがこれから始めることを何かのショーでも観るような感覚でベッドに横たわり眺めることにした。
さてさて、何が始まるのやら。
ミウは部屋の電気をすっかり消して暗くし、窓辺の近くに寄って、わずかな灯りの中にその身を滑らせた。しなやかな身体は美しく、セミロングの髪をかき上げて横顔を見せると、あの夜夢うつつの中で見た仔猫を思わせるミウの姿をそこに見出した。
ベッドに横たわりその姿を見ていた僕は、何だか不安な気持ちに襲われ、上体を起こしてそちらを凝視した。
一体何が起こると言うのか?
午前3時ぴったりになった。
ミウの全身を月灯りが包み込んだ。その辺りだけ何とも言えない不思議な空間に包まれ、青白いスモークのようなモヤがかすかに漂っている、
ミウは振り返って壁の大きな鏡に向かった。
「見て」
ミウは小声でそう言って僕を手招きした。
恐る恐る僕はミウの傍に近寄った。
「鏡を見て」
隣にいるはずなのにミウの声は何だか遠くの方からこだまして聞こえた。言われるままに僕は鏡を目にした。
何も変わらない部屋の風景が映る。ベッド、ソファ、スタンド、テーブル、カーテン、月灯りの窓、壁の油絵、フロア、天井、消えたままのシャンデリア照明。変わらぬ部屋の風景。
しかし、現実と大きく異なるところがあり、僕は思わず目を見張った。
鏡に映っているのは僕ひとりであった。
そこにミウの姿がなかったのだ。
現実のミウは隣にいる。その姿は目に見える。
けれど、鏡に映らない存在なのだ。
こんな事って、
こんな事って、
本当にあるのだろうか?
ミウは静かに微笑んで、鏡の方向へ一歩一歩進んで行った。
それでも鏡にはその姿は映らない。
言いようのない恐怖に僕は包まれた。
ミウは片手を鏡に差し出して、そのまま、その手をスッと伸ばすと片手は鏡の中に吸い込まれるように消えてしまった。
そのまま、ミウは鏡の中に全身を、まるで縦型のプールの水に身を沈めるように、ゆっくりと入り込んで行こうとした。
そのとき、僕は全く無意識に、何かに反応したように、鏡に入ってしまおうとしているミウのこちら側に残されたもう片方の腕を、両手で掴んで引き戻そうとしてしまったのだ。
それは咄嗟の判断であり、勝手に身体が動いてしまった。駅のホームから線路に落ちかけている人を見たら大抵、頭で考えるより先にその腕か身体を捕まえようとするものだろう。
何故だか分からないが鏡の中に吸い込まれて行くミウの身体を引き止めようとしてしまった。
ところが、ミウが鏡の中に吸い込まれて行く力は思っていたより数段強いものであった。
ミウに引き摺られるように僕の身体も鏡に近付いた。
その時、鏡に映っていた自分の身体が音もなく突然消えて行くのを、瞬間的に見てしまった。
信じられないその光景を目にして何も考えられず、身体の力が抜けてしまい、ミウと一緒に鏡の向こう側に吸い込まれてしまうのを、僕は感じていた。
続く
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