パステルカラーの恋 7 (東京旅行 前編)
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「わあ、すごく広い~」
東京スカイツリーの展望デッキから美和は感嘆の声をあげた。
桜と美和は東京に来ていた。ここに至るまでの道筋を簡単に書いておこう。新幹線で上野に着いた2人は先ず浅草に向かった。
雷門で記念写真を撮り、仲見世通りで土産物を買い、観光客に混じって気ままにそぞろ歩く。それから、浅草寺でお参りをした。まさに修学旅行だ。浅草寺境内の常香炉の煙を美和は顔に、桜は頭に手で煽った。さて効果はあるのか?
お昼はもんじゃ焼きのお店に入った。店のお姉さんに焼き方をレクチャーしてもらい、二人で半分づつフーフーしながら食べた。
思えば美和にとって、それが初もんじゃだった。最初はちょっとお好み焼きに比べると水っぽいかなと思ったけど、食べる内にくせになって結局最後までペロリとたいらげた。美味しかった。また食べたいと思わせる味だ。
桜の方は淡々といつも通り、控え目に食していた。もんじゃの味も食べ方も知り尽くしているといった風情である。
その後、美和の要望でスカイツリーに上がってみることにした。エスカレーターに並び、展望デッキでドアが開く。ガラス超しに東京を一望する風景を目にした瞬間、美和の口から飛び出したのが、冒頭に書いたセリフである。
東京の街を見下ろして美和は桜の顔を見て嬉しそうな顔をした。桜もそんな美和の様子を見て嬉しそうに微笑むが何故か多少、表情は強張っている。決して自分からデッキの端までは歩を進めない。
逆に美和は手すりに身を任せ乗り出す様に、眼前に広がるパノラマをうっとり眺める。
床が透明になっている部分でも美和は平気で歩いて行く。桜はおよび腰になってしまい、冷や汗を掻く。
それを見て美和が、
「何よ、さくら、そんな格好して、それじゃまるで高所恐怖症の人みたいじゃない」と笑う。
いや、みたいじゃなく、そのものズバリだ。
「でも、さくら、ありがとう。こんな素敵な景色を見るの初めて、すごく感動した」
「天気さえ良ければ富士山だって見えるんだけどね」
「いいの。さくらと一緒に東京まで来れて、スカイツリーにまで上がれただけでもう満足」
二人はしっかりと手を繋いで東京の空中散歩を楽しんだ。
さて、そろそろ行こうかと、二人は新宿方面へ向かうことにした。東京メトロ、半蔵門線から大手町で丸ノ内線に乗り換え、新宿御苑前駅で降りる。時刻は午後の4時を過ぎた所。
ジュリアとの約束、4時半までには、まだ少し時間がある。場所はアニメ映画の聖地として有名な「カフェラP」という所だった。先に行って待っていよう。
店内は映画の場面とほぼ同じ造りで美和のテンションが上がる。タキくんがいたらいいなと美和は思う。(誰?それ)
桜はそのアニメを観ていないので不思議な顔をする。奥のテーブルに席を取り、入口を見渡せる格好で2人並んで座った。
「ちょっと緊張しちゃうわ」美和が言う。
「ジュリアは気さくな人だから、すぐに打ち解けられるよ。心配要らない」桜は落ち着いてのんびりと構えていた。
4時半を少し過ぎた頃にジュリアは店内に入って来た。すぐに桜は手を上げて合図した。
「お待たせ~」ジュリアは2人に向かって飛びきりの笑顔を見せた。その瞬間、店内がひときわ明るくなったのではないかと、美和は錯覚し、クラッと目眩を覚える。
ランウェイを歩くモデルさながらジュリアは桜たちのテーブルまでやって来た。シンプルだけど着こなしのいいスタイル。長い髪がさっと揺れる。
「いやあ、ごめんね~、待たせちゃって」とジュリアは素早い動作で椅子に腰掛けると、店員さんにドリンクをオーダーする。桜と美和はすでにアイスコーヒーを飲んでいる。
「桜、また会えたね。美和、はじめまして、ジュリアだよ」と、手を差しだす。慌てて美和も手を出して握手する。ジュリアの手から冷たさを感じて美和はひやっとして身を竦めた。
ジュリアのマンゴージュースが届けられた所で乾杯する。グラスとグラスの合わさるカチっという音が心地良く響いた。
始めの内、会話は主にジュリアと桜によって展開された。美和は早くこの場、そしてジュリアという存在に慣れなければと、思えば思うほど焦るばかりで、なかなか言葉が出て来なかった。
そんな雰囲気を察してか、さりげなく桜が、
「美和、東京に来た感想はどう?」と声を掛ける。
美和は呼吸をゆっくり整えてから喋り出す。
「う~ん、なんか東京に来てるって思うだけで、緊張する。人の波に飲み込まれそうで」
「ああ大丈夫よ。そんなの。東京ってね、大部分の人が地方出身者なんだから」とジュリアの言葉に、
「あ、そうなの?」と美和も勇気付く。
「そうよ~。私もハワイのオアフ島にある小さな町の出身なんだから」
とジュリアは陽気に笑う。少しレベルが違う気がする。
「あ、そうだ。美和、AKIKOって知ってる?」
「え? AKIKOって、あのファッションデザイナーの?」
「そうそう、今度、新作発表会があってね。それに出るのよ」
「えー、凄い!」
「ありがとー」
「何? アキコって誰? 和田アキ子?」
桜には何の話かよく解からない。途端に二人は大爆笑する。
「ああ、桜は知らなくていい」ジュリアはそう言ってまた笑う。
後で知った所によると、今若い人たちの間で大人気を誇るリヤン・アキコというデザイナーが立ち上げたブランドらしい。
しかし、その後AKIKOネタで美和とジュリアはすっかり打ち解けて大盛り上がりを見せる。その話には置いて行かれたが、桜は良かったなと思う。美和が楽しんでくれれば、それが一番。
「あ、それじゃこの後、一緒に夕飯を食べにに行きましょうよ」頃合いを見計らってジュリアが提案する。
「そうだね、その前にホテルにチェックインの手続きだけしておくよ。この近くだから」桜がそう言って、三人はカフェラPを出た。タキくんサヨナラ。(だから、それ誰?)
ホテルの部屋に入り、美和は衣装をちょっと違う雰囲気なものに着替えた。新宿の夜だから今夜は特別オシャレしたい。普段は着けないピアスやネックレスのアクセサリーにも気を使った。仕上げにドルチェ&ガッパーナの香水を振りかける。さあ出来上がり。
振り向くと桜に抱きすくめられキスの嵐を受けた。だめよさくら、唇にルージュが付いちゃったじゃない。美和はそっとティッシュで桜の唇の紅を拭き取ってあげる。
ロビーに戻るとジュリアは誰かとスマホでやり取りしていた。
「待たせてごめんねジュリア」と美和は歌のタイトルみたいな言葉を口にした。桜は良い感じだと思った。
「夕食にね、一人友達呼んじゃったんだけど良い? ほら、こないだ桜も会ったアイちゃん」
「ああ、あの娘ね。いいんじゃない?」
と桜は何気なく返事をしたが、同時にどこか胸騒ぎを覚えた。
アイちゃんとは、前回仕事で東京に来た時、ジュリアから紹介されて会った超絶美少女の娘だ。
何でもジュリアはその娘と今、同居しているらしい。どこかの劇団に所属している女優の卵とか言ってた記憶がある。アイドルみたいな服を来て、かなりハイテンションで喋るイメージがある。それにどこか不思議系で何を考えているかよく判らないタイプだ。でもまあいいか。美和が心配だけど、何とかなるだろう。
ジュリアの案内でやって来たのは、込み入ったビル街の中にある居酒屋風の飲食店。四人用の個室を選んで腰を落ち着かせる。
ジュリアがいろいろ訊きながらオーダーをまとめる、レモンサワーと美和のカルピスソーダが来た所で改めて乾杯をする。イェーっとみんなの顔がほころぶ。
と、その時、すーっと戸が開いて「あ、ここだぁ。良かった~」と可愛い声がする。
それを見た瞬間、美和は言葉を失う。アイドルスター顔負けの垢抜けた超絶美少女のお出ましだったのだ。
「アイ、ここに座って。紹介するわ。私の親友で、こちらが桜でこっちが美和」
「はじめまして、緑川アイです。あ、アイって言うのは芸名で本名は泉でーす」
アイちゃんは屈託なく笑う。そのままグラビアアイドルの写真に収まりそうだ。
「彼女はね、今や劇団アオイ・モリのトップスターよ」
「いやだ、ジュリアそんな事言って、私まだ2年目のひよっこなんですぅ」
などと賑やかな会話が始まる。そして、次々と美味しい料理が運ばれ、ジュリアとアイちゃんはお酒を何杯もお代わりし、お喋りに花を咲かせた。二人共よく食べるし、よく笑う。それでいて、このスタイル。どうなってるのかしら?
けれども、女優とモデルを前にして桜と美和は何だか落ち着かない。異次元の人たちが放つオーラの様なものを感じて圧倒される。突然ローズガーデンの中に放り込まれたみたいだ。
こうして見ていると二人は美人姉妹の様にも見える。少し男っぽいところがあるジュリアが姉で、女の子モード満載のアイちゃんが妹。
たまに天然ボケをかますアイちゃんに、ジュリアが鋭くツッコミを入れる。そうしながら、何かと面倒をみている。そのさり気なさはジュリアの優しさか、あるいは、愛か?
暫くはそんな二人に調子を合わせて、お愛想笑いを浮かべていたが、彼女たちの会話はテンポも早く、内容も知らない世界の出来事が、ポンポンと手品の様に繰り出される。これでは会話に入り込める隙がない。
次第に口数が減ってしまった桜と美和は、ひたすら食べるか呑むしかない。お酒を呑めない美和はきっと、落ち着かないだろうなと桜は思った。
どうしたものかと考えていた時、突然アイちゃんのスマホが、けたたましく鳴った。「あ、ごめんね」と言ってアイちゃんは通話をするために個室を出て行く。会話の気配から察すると、どうやら長引きそうな雰囲気がする。
そこで桜は、美和とジュリアがゆっくり話せる機会を作ってあげようと考えた。
「ちょっとトイレに行ってくるね」と言い置いて、二人を残し席を外す事にした。実際行きたかったのだから仕方がない。
ジュリアとなら美和は気が合いそうだから、2人きりにしてあげて良いだろうと思った。
ところが、それが思わぬ展開を呼ぶ。
店員さんにトイレの場所を訊くと奥の通路を右に曲がった所と教えられた。礼を言って通路を進み右に曲がる。
ああ、あった。ここだ、ここだと思った瞬間、突然目の前に誰かの腕が伸びて来て行く手を阻まれた。
見るとアイちゃんだった。かなり酔っているらしく目が潤んでいる。しかもかなり距離が近い。
いや近過ぎて美少女の顔しか見えない。
これが噂に訊く壁ドンかと思う間も無く、身体を密着させ、ムンムンとしたお色気ボディを押し付けられ、甘い香りに包まれる。
「あ、どうしたの? アイちゃん気分でも悪い?」
そう問いかけた桜の唇を、アイちゃんの唇がふさいだ。
桜の脳内に星がチカチカと瞬き、一体自分がどこの星のどこの国にいるやら判らなくなった。
パス恋8話 東京旅行 後編に 続く
