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月灯りのミウ  5/16

(第5話)ミウの話

ユタカが残した手かがりはそのJAZZ BAR以外に、いつも利用していた渋谷のホテルがある。
何しろユタカがいなくなってしまったのはそのホテルの一室での事なのだ。何かが私をそこに呼び寄せるみたいだった。
もちろんそこにユタカがいる訳はないのだが、何かの手掛かり、または偶然の出会いがないものだろうかとたまに周辺をうろつく。建物の外側だけでなく部屋の中も気になってしまうものだから、たまにひとりで入ろうと試みてみた。
だが、ひとりで入れたのは最初の一度だけで、その後はおひとり様お断りのプレートが受付の横に貼られているのを見た。何か事件や事故でも起こったのだろうか? 理由は分からない。

それで仕方なく誰でも良いから一緒に同行してくれる人間を探していた。そこに現れたのがJAZZ BARでダーツを一人遊びしていた少しユタカに似たところのある青年、彼の名がマコトと知ったのは2軒目のバーで彼の知人らしき人が名を呼んだのをたまたま耳にしたからだった。

私はその夜計画を実行した。ダーツの矢を真ん中に当てさせたのは偶然だったけれど、2軒目のドリンクの中に隙をついて睡眠剤を溶かして入れた。
効果はあったようでその店を出た頃からマコトの状態は半分意識が朦朧としていた。なんとか片側から身体を支え、渋谷のホテルへ2人で入った。
マコトは部屋に着くなりベッドに仰向けに横たわり眠ってしまった。私はとりあえずジャケットやチノパンを脱がし、下着姿にして上から布団を被せた。
その部屋は紛れもなくユタカといつも利用していた部屋に間違いなかった。

さて、それからどうするか、私は部屋の窓のカーテンを開き月の灯りが室内を照らすのを待った。
それには理由があった。
ユタカが消えた瞬間、私が夢うつつの状態で見たそれと同じ場面を再現してみたかったのだ。前にひとりで来た時はあいにく曇っていたようで、窓から月灯りは入って来なかった。

今宵はちゃんと事前に天気予報や月の状態とかを確認した上で来ている。このまま行けばあの時と同じ条件でその時を迎えられることになる。
果たして何か起こるか何も起こらないのか、それはとにかくやってみないことには誰にも分からない。

いずれにしてもマコトには会わずに帰ることになるので、簡単に『昨夜はありがとう、またね、ミウ』とだけ青いペンで紙に書いて窓辺のテーブルの上に乗せて置いた。

深夜2時か3時になった頃であろうか、窓から月灯りが差して部屋の中に一筋の光を描き出している。
私は自分の身体があの日のユタカのように月灯りに照らされるよう、全身に光を受け止めた。
ベッドでマコトが少し動いてこちらを見た気がした。私は何気ない風を装ってそのままにしておいた。するとそれこそ夢うつつを見たかのように、また夢の世界へ眠り落ちて行ったようであった。

ふと振り向いて後方にある大きな鏡を見てみた。
何も変わらない部屋の風景が映る。ベッド、ソファ、スタンド、テーブル、カーテン、月灯りの窓、
壁の油絵、フロア、天井、消えたままのシャンデリア照明。その変わらぬ部屋の風景から何かが抜け落ちていた。
そう、抜け落ちたもの、それは私自身の姿だった。
当然、鏡に映っていなければいけない筈の私の姿だけがポッカリと何かの空間に吸い込まれたように消えて失くなっているのだ。
そんなバカな。光の加減だろうか?
私は身体を左右に揺らしてみた。手を上げたり動かしてみた。しゃがんだり立ち上がったりしてみた。2、3歩あるいて鏡に近寄ってみた。だが、何をどうしても私の姿だけ鏡に映らない。

こんな不思議なことがあるのだろうか。何故、どうして、私の姿が鏡に映らないのだ。夢でも見てるのかしら、そう思った。しかし、鏡に触れようと手を伸ばした瞬間、そのまま指が鏡の中へ入り、手も腕も更に奥の方へと吸い込まれて行った。驚く暇もなかった。私の身体はあっと言う間に鏡の向こう側へ引き摺り込まれて行った。

そこはまるで初めて見る別世界だった。なんだか白い雲のようなふわふわしたモヤに囲まれていて、自分の周囲数メートル以外、何も見えない。しかし、モヤは透明感があるので不思議と圧迫感や閉塞感は感じない。霧の立ち込める広い草原にいるような気分だ。
足下も何か柔らかいものを踏んでいる感触があって、立っているのか宙に浮かんでいるのかそれさえも分からない。
ここはどこなの? 
渋谷のホテルの部屋とはもう全く違う世界に迷い込んでしまったようだ。
そうだと思って振り向いてみたけれど、こちら側に入り込んでしまった鏡はもうどこにもなく、白いモヤが延々と続いているばかりだった。
これは何かに閉じ込められたのか、どこへ来てしまったのか、一体どうすればいいのだろう。頭がパニックになってしまった。

訳もわからず狼狽えていた私に、ふいに誰かの声がどこからともなく聞こえて来た。
「よくこちらに来れたね、ミウ」
その声はそう言った。最初はあたりに反響し過ぎてよく分からなかったが、ミウと呼ばれたことで気が付いた。
「その声はユタカね! どこにいるの? ここはどこなの?」
私は力の限り叫んでいた。私の声も何かに反響してこだまする。

「心配しないでいいよミウ、帰ろうと思えばいつでも好きな時に元の現実世界に帰れるから」
ユタカの声は落ち着いてそう言った。
「どういうことなの? ここは現実の世界じゃないの?」
いくつもの疑問が次から次へと湧いて来る。
「そうだな、上手く説明は出来ないけど、現実の世界ではない」
「ユタカ、今どこにいるの? ずっと探していたのよ」
「悪いけどこちらの世界では話は出来ても会うことは出来ないんだ」
会えない? そんな!
意味が分からない!


続く


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