月灯りのミウ 12/16
(第12話)ミウの話
ユタカが私のマンションを訪ねて来てくれた。
あちら側の世界で話した直後ではあるけれど、顔を見るのは久しぶりだ。
私はすぐロックを解除し部屋の中へユタカを招き入れた。
部屋に入り、ドアを閉めるやいなや私はユタカに抱きついた。
「すごい! 帰って来てくれたのね!」
「ああ、こちらの世界は大変だったよ。でも真面目に働くのも悪くないね」
ユタカは屈託なく笑顔を見せた。
店を売却した当時の落胆した表情はすっかり消えていた。
「つまり、あちら側で話をして、私はここへ帰って来てさっき目覚めた。ユタカの場合は去年のクリスマス頃に戻ったのよね。そして半年経って今ここへ、ああ、ややこしい」
「そうなんだよ。ここへ来るまで長かったよ」
「よく頑張ったじゃない。何をしてたの?」
「パン屋の下働きなんだけど、最初は辛かった。朝早くから作業だし、寒いし、重労働だし、地獄のようだったよ」
「そう、それは大変だったわね」
私は心からユタカに同情したが、反面、身から出た錆だし、働きながらようやく追い付いて、やっと元に戻ったそれだけの事だとも思えた。
けれど、それも私に会うために頑張ってくれたのだと思うと、やっぱり嬉しかった。
「さ、こちらで休んで、お腹空いてない? 何か作ろうか?」
と声を掛けた。
私の作った朝食をかきこむように食べてるユタカを見てると、何だか昔に戻ったみたいで、何故だか嬉しくなって来る。
「ねえねぇ、それで、こちらに戻って、半年間、パン屋で働いていたのよね」
「うん、そうだよ」
「その間、もちろんお休みの日とかあるんでしょ?」
「そりゃ、もちろんだよ。奴隷じゃないんだから。休みはあるよ」
「そうよね。で、ちょっと訊きたいんだけど、その間に私に会おうと思えば会えた訳?」
「そうだな、会えるよ」
「会いには来なかったね」
「うん、話をややこしくすると困ると思って、やめたんだ」
「誰が?」
「いや、まあ、何というか、誰かが」
「ふ〜ん」
「ただね……」
「ん、何?」
「店に行ってみたよ」
「店? JAZZのお店?」
「うん、そうだ」
「それで? どうだった?」
「賑わってたよ。今の経営者は商売が出来る人だな」
「私はいなかったよね」
「いなかったよ」
「そっか」
「でも、マコトくんがいたよ」
「え? マコトに会ったの?」
「向こうは何にも知らないけどね」
「で、何か話したの?」
「あいつ、ダーツやってて、俺が手本見せてやった」
「あ、どうしてマコトって分かったの?」
「誰かがマコトって呼んでたから」
「あ、そうか」
「あいつ、力持ってるよ」
「力? そうかな」
「不思議な力をね」
「えっ?そうなの?」
「俺が見てる前でボードの真ん中当てたよ」
「あ、私の時もそうだった」
「そうだろ、それなんだな、あいつの持ってる力は、やはり選ばれた者なんだよ」
「そうなのかなぁ」
ユタカはすっかり朝食を食べ終え、満足な顔をした。
後片付けをして私たちはお茶を飲みながら向かい合った。
「私はどうしても分からないのよ。ユタカがなぜ、あんな所にこんなに長く引きこもっていたのか」
「そう思うのも無理はないよ」
「そんなにあの世界が良かったの?」
少なくともユタカは何も言わず私の前から消えたんだ。私の思いはどうしてくれるんだと言いたかった。
「ミウにはすまないと思ってる。とにかく俺は何もかも失くして、もうダメだと、その時一度思ってしまったんだ。店が人手に渡り、行き場もなくなって、一時凌ぎで逃げ込むつもりでいたんだ」
「現実逃避って訳ね」
「まあ、そう言うことだろうね。う〜ん、でも、上手く言えないけど、単にそれだけじゃなかった様な気もするんだ」
「なあに、どういうこと?」
「そうだな、多分、時に人は、どこかで立ち止まって、何かを見つめ直してみる時間が必要なのじゃないかな。長い人生の内には」
「それで、あそこに入り込んだの?」
「ああ、どういう訳だか知らないが、俺にはああいう場所があった。それはとてもラッキーな事だったと思えるんだ。
こちらの世界では時間に急かされてるみたいで、立ち止まれもしない」
「ふ〜ん、そうなんだ」
「でないと、もしかしたら、今の俺は居なかったかも知れない」
そう言い終わった時、ふわっと風が身体の周りを包んで流れて行ったような気がした。
「で、それで、これからどうするの?」
「これから?」
「将来の話よ。まさか、またあちら側に行くなんて言わないでよ。私はあんな何もないとこ、懲り懲りよ」
「行くとしたらミウを誘ったりなんかしないよ」
「もう!」
「あはは、冗談だよ。冗談。暫くパン屋で修行するつもりだ。意外と上手いんだパン作り、俺にそんな才能があるなんて思わなかった」
「えー、ホントに? 意外!」
「将来、パン屋になろうかな?」
「それ、良いじゃない」
「あ、でも俺、経営向いてないんだった」
こんな明るく喋るユタカを私は初めて見たような気がした。
「分かった。経営のことは私に任せてよ」
「え、何だよ、それ」
「いや、だから、ユタカがパン屋始めるのなら私が一緒に手伝うってこと、経営者として」
「経営者って、ミウが社長かよ!」
「それで良いでしょ、ユタカは一度失敗してるんだから」
「参ったなぁ」
ユタカは頭を掻いて苦笑いする。私も笑って、2人して笑った。
続く
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