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月灯りのミウ  6/16

(第6話)ミウの話


「徐々に慣れればいい。俺だって随分時間が掛かったんだよ」
白いモヤの中、目が慣れて何かが見えて来るなんてことは一向になかった。どこまで行っても何時間経ってもずっとあたりは白いモヤに包まれていて、見えるのは自分の周囲、せいぜい半径3メートル四方だ。
「ユタカ、ここで何をしてるの?」
「何もしてない」
「なんでこんなところにいるの?」
「ここは居心地が良くて」
「居心地って、なんにも無いじゃない」
「うん、それが良くって」
「私には分からない。それにどうして突然私の前から消えたのよ」
「ミウには悪いとは思ったけど、俺にもいろいろあってね。結局こっちの方が良くなったんだ」
「私には何にも教えてくれなかったわね」
「だって、言ってもどうせ信じられないだろ?」
「ここには誰でも来れるの?」
「いや、そうじゃないみたいだ」
「どんな人なら来れるの?」
「そうだな、よく分からないけど、何かを探している人とか、何かから逃げ出したい人が選ばれるのかな?」
「ユタカも私も選ばれたってこと?」
「そういう事になるね」
「一体誰が選んでるのよ」
「そんな事は知らないし、どうでもいい事だよ」
私はしばらく黙った。
この事態を受け止めるにはまだまだ時間が必要だ。
「さっき、好きな時に帰れるって言ったわよね」
「うん、言ったよ」
「どうやって帰るの?」
「帰りたいと思って目を閉じればいい」
「どこへ出る?」
「自分の思う所へ出るし、人に気付かれることもないから心配要らないよ」
「ユタカはこんな事、何度も繰り返してたの? それでいつもあの部屋……」
「そうだね、ミウと来る以前からだけど……」
「そんな前から……」
「俺はまだこちらにいるけど、ミウは帰りたければ帰りなよ。ここにいたってどうせ会えない」
「またこちらに来れるの?」
「今のところ、入り口はあの渋谷のホテルしか知らないけど、他にもあるらしいよ。まだ見つけてないけど」
「他にも誰かいるの? こちらに」
「いるみたいだよ」
「誰に会ったの?」
「声を聞いただけだよ」
「どんな話をしたの?」
「世間話だよ」
「こんなところで世間話だなんて」
「まあこちら側のこともいろいろ聞いたけどね」
「なんか気持ちが悪くなって来ちゃった。ユタカに会いたくて来たのに、会えないのなら仕方ない。悪いけど私は元の現実に戻るわ」
「うん、その方がいい。こちらは慣れないといられない」
「また来れるのかしら?」
「渋谷のホテルで月灯りの中、午前3時ならね」
「そう、分かったわ」
悪い夢を見ているようだった。
静かに帰りたい場所を思って眼を閉じた。
意識はすぐに失くなっていった。

私は自分の部屋のベッドで目覚めた。
時刻を確認すると、渋谷のホテルから消えたその日の朝8時だった。消えたのが午前3時だから、5時間経過していたことになる。
でも果たして今有ったことは全て本当の出来事だったのだろうか?
けれど、私の記憶として全部が鮮明であり、あのJAZZ BARからマコトと共に渋谷のホテルに行った事も間違いない。
確かめるまでもない。ただ消えた後のことを人に話したところで、誰が信じてくれようか。
白いモヤの掛かったあちら側の世界でユタカと話したことは、私の胸の中だけに収めて誰にも話す訳にはいかなかった。

それから、どうするか、私はいろいろ考えてはまた迷ったり、ああだこうだ思い悩んだりした。未だにあれが本当の出来事であったのかどうかさえ分からなくなる。何度考えても謎である。
あの白いモヤの正体は何だろう? あの世界はこの世とはまた別の世界であろうか? 何故生きたまま行って帰って来れるのか? さっぱり分からないことだらけだ。

ただひとつユタカがあちらの世界に行ってしまって帰って来ないということだけは分かった。これも夢なら仕方がないが、話をしたことは事実だ。会えないのは残念だが、生きていてくれたのでひと安心だ。
その世界の存在について深く考えても答えは出そうになかった。考えても無駄だと理解した。あるものをそのまま受け止めるしかない。とにかくそこに行けば、ユタカと会えないまでも会話は出来る。
入り口が渋谷のホテル以外見つかっていない事が問題だが、帰って来るのは案外簡単だ。

これはもう一度行ってみるしかない。私はそう結論付けた。
前回はJAZZ BARで会ったマコトと行ったが、他の人でも同じだろうかと、私は別の BARで違う男を誘ってマコトの時と同じ方法で試してみた。
結果はダメだった。鏡に手をぶつけてしまって、決してあちら側には行けなかった。その日は男が眠っている間に逃げた。
JAZZ BARがキーなのかとそこでマコトではない別の男とも試してみた。結果は同じく駄目だった。同性の女子友にも付き合って貰ったが、変な顔をされて、何してんのあんたと言われ、友人関係にヒビが入るところだった。

となると、JAZZ BARでマコトに会って、ホテルに向かう。これがキーなのかと思った。
ダーツも関係あるのだろうか? それにはマコトがダーツの中心点を当ててもらわなければいけない。それだけはマコトに任せるしかない。上手く行くことを神頼みするしかない。もし外したらその日はそれでおしまいかな。
前回と同じ条件を揃えること、簡単な様でなかなか難しい。天候も関係して来る。窓から月光が差し込まなければいけない。

結局、なんだかんだでその次、マコトに会えたのは、1ヶ月半くらい後になってしまった。
JAZZ BARのドアを開けるとマコトがいてすでにダーツをしていて、的の中心に矢を当てていた。今のでOKになるのかなと内心思いながら顔には出さずカウンターに腰掛けた。

案の定、マコトは私を見るとすぐに近寄って来て、「久しぶり、覚えてる?」と訊いた。


続く

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