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パステルカラーの恋 2

「パス恋」①↓
https://note.com/sakiueno/n/nc6ce0c52371d


 わたしがそもそも自分自身の心に違和感を覚えたのは小学校へ入学した当初に遡る。それまで仲良く一緒に遊んでいたお隣のミコちゃんや近所のユウコちゃん達は小学校に上がると可愛いお揃いのピンクのランドセルを背負った。髪にはリボンの飾りまで着けていて、いいなあと思った。わたしはと言えば黒のランドセル、髪は短く耳上と後頭部を刈り上げられ、前髪は眉の上2cmの辺りで真っ直ぐ揃えたお坊っちゃまスタイルだ。わたしはその格好が嫌でよく母親に文句を言った。だが、その度に「あなたは男の子なんだから」と言われ、抗う術を持たない当時のわたしは無理矢理自分を納得させるしかなかった。

 それでも小学生の間はまだ良かった。その頃はまだあまり男女の身体に大きな違いが無かったから。わたしが大きな絶望を感じ始めるのは中学から高校に上がった辺りだ。先ず一番嫌いなのが身体検査。男女別に集められ当然わたしは男子の列。みんなが下着一枚になり全員の前で順番に身長と体重を計る。その頃になると男子は骨格が変わり筋肉も付き始める。成長の早い者は殆ど成人並になる。わたしは色白で小柄で華奢な体躯だったから、よくからかいの対象になった。何よりみんなの前で裸になるのが恥ずかしくて仕方ない。そんな事は他にも沢山あった。体育の時間など最悪だ。着替えも嫌だし、明らかに見劣りする自分の身体能力。元より内向的な性格が災いし、情けない弱虫としていじめの対象になってしまった。それをいじめと言うのかどうか判らないが常に弱者は同級生達の心ない暴力の格好の的になる。彼らは何かいらいらする事があると何の意味も無く一方的に暴力を振るい憂さ晴らしをするのだ。それらは日常的になり、まるで日々の楽しみであるかの如くだ。廊下を歩いていたら突然後ろから飛び蹴りされた。階段で背中を押されそのまま下まで転げ落ちた事もある。それを見てみんなはゲラゲラ笑っていた。憐憫な目でこちらを見る女子達も恨めしく思えた。言葉の暴力も多々ある。心ない言葉で皆はわたしを嘲り囃し立てる。男子のグループには入れず、かといって女子のグループにも入れずクラスの中でわたしは孤立した。

 やがて、心も身体も傷つけられる学校というものからわたしは逃れた。自分の部屋に引き籠もり一歩も外へ出ない生活を続ける様になった。それはわたしにとっては一つの生きる選択であり、かつ勇気でも有った訳だが、両親はわたしの不登校を心配し、時には励まし、時には怒り、やがてわたしを責め続けた。何故か世間を気にして「みっともない」だの「顔向けが出来ない」などと言ってはわたしを罵った。担任もやって来た。「クラスのみんなは君が戻って来るのを待っている。君は好かれてるんだ」と言ったが、嘘ばかりだ。彼らは今頃別の標的を探している最中だろう。それでも高校だけは出ておきかったので、教室には行かない事を条件に週2日程職員室登校をして、テストもそこで受けてやがて卒業を認められた。

 そんなこんなでいつしか月日は流れわたしも成人した。大学生の生活というものには多少の憧憬を持ったが人混みにトラウマのあるわたしはあの華やかな空気に馴染みその場に溶け込む自信がどうしても持てなかった。でも流石に学校という忌まわしい括りからは解放されたので心は少し軽くなった。その頃から少しずつ外の世界へもう一度踏み出すチャンスを伺っていた。機会は割りとすぐにやって来た。親戚の叔父さんが母からわたしの事を相談され、自身が経営するガソリンスタンドでアルバイトをしないかと持ち掛けてくれたのだ。わたしはこの叔父さんを幼い頃から慕っていた。とにかく優しく心の広い人だ。わたしは叔父さんの下ならと言う条件で、働くことを決めた。

 仕事は最初、簡単な事(車の窓拭きや洗車等)から始めて、時には辛い事もあったが半年一年と経つ内に少しずつ慣れて行き、スタンドでの仕事はお客さんと金銭のやり取りを含め、大抵の事はこなせる様になった。僅かな給料ではあったが、少しだけ貯金も出来た。書籍やCDなど欲しかったものを初めて自分で稼いだお金で買った。言葉にならない喜びを感じた日だった。
 まだ働けると思ったわたしは近所のコンビニでもバイトを始めた。そこの店長さんが良い人でスタンドのお客さんとして交流があった事がきっかけだった。店長さんは面倒見が良く、気長にコンビニでの仕事をわたしに指導してくれた。そんな風にして働いてお金を貯めたわたしは遂に念願だったパソコンを買った。
 パソコンをインターネットに接続してそこから見える世界はわたしを夢中にさせた。自己表現のひとつとして繰り広げられる音楽やダンス、映像、イラスト、ファッションそれらに強く惹き付けられた。そうこうしている内にある記事でT大のY教授の「女性装としての生き方」というのを知る事になる。その瞬間、稲妻に打たれた様にこれだと気付かされた。そうだ。これだ。わたしの求めていた生き方はこれなんだと心の底からそう思えて意識は日に日に確信めいたものになって行った。
 そこからわたしの女性装生活が始まった。メイクを覚え、女性服を購入する。小物アクセサリー類も揃える。届いた商品で女性の姿に変身してみて鏡の中の自分の姿に驚愕した。なりたい自分の姿がそこにあった。けれども問題は沢山有る。男性と女性ではそもそも顔の造りや骨格が違う。男性にしては華奢で小柄といっても女性的な丸みや皮膚のきめ細かさにも欠ける。見た眼の問題以外にも、周囲の者達への理解、蔓延る偏見、そして何より自分自身の勇気。望む生き方、道はまだまだ遥か先であった。家族にさえ理解して貰えず、理想と現実の狭間で苦しむ事になり、眠れない日々は更に続いた。

  そんな折、ネットで見つけたある会員制交流サイト、それがわたしを強く惹きつけた。ネットを介して人と繋がる事が出来、想いをそこに投稿して自己表現が出来る。新しい生活スタイルを支えるツールとなってくれる気がした。数日迷いはしたが、勇気を振り絞って、登録してみた。その時わたしは初めて美和という名前を使った。美しい心を持ち人に和みを与える存在。そうなりたいとの想いで新しい自分への命名である。美和として生まれ変わりたい。その一念でわたしは日常の何気ない想いをそこに書き連ねていった。新しい人生の始まりだ。
 そしてある日わたしはそのSNSで、さくらさんという人と出会う。さくらという名前だから最初は女性の方だと思っていたら男性だった。しかしわたしはさくらさんの言葉に知らず知らずの内に癒されて行くのだった。さくらさんには正直に自分は女性装者だという事を最初に話した。わたしはデジカメで撮った一番お気に入りの女性姿の写真をトップページに上げていたし、性別は女性にしていたので、そのまま言わずにおこうかと思われたが、何故かさくらさんには本当の事を話したくなって打ち明けてしまった。さくらさんはそれでも変わらずわたしの友達でいてくれたし、良き話し相手のまま優しい言葉を送り続けてくれた。女性装という言葉の説明もした。おねえでもオカマでも女装男子でもない、本来の性別ではなく女性として生きる事を選択したトランスジェンダーである事を理解して貰った。正直どこまで伝わったかは解からないのだが、さくらさんになら多少時間は掛かっても自分の事を分かって貰える。そんな希望があった。わたしは自分の理解者が欲しかったのだ。

 さくらさんとは楽しい会話が続いてお互いの事がいろいろ分かって来た。さくらさんの好きな音楽、好きな作家、好きな食べ物、他愛もない事ばかりだけど日常の様々な所でさくらさんという人柄が文章を通じて伝わって来る。いつのまにか二人の呼び名もそれぞれ、さくら、美和と敬称を失くして呼び合い、より身近な存在として意識する様になった。そんな関係を続けて半年程経った頃、さくらからリアルで会わないかと提案があった。これについてはわたしも大いに迷った。写真などでは誤魔化せていられるが、直面して現実の自分を全て目の前に曝け出してしまうのはかなり勇気のいる事だった。会って顔を見た瞬間に、えっ?と思われてガッカリさせてしまう可能性もあると思い、とても怖かった。これまで良い関係を築いて来られたけれども、これで終わりという事にもなり兼ねない。でもさくらに会いたいという気持ちがわたしにも有る。返事をどうしよう。イエスとノーの狭間を毎日行ったり来たりした。そして漸く十日目、わたしは感情が溢れるままさくらに「逢いたい」という4文字を送った。

 爽やかな初夏の暖かい日になった。待ち合わせは街中の比較的大きなカフェ。女性姿で街を歩くのにも慣れていず、緊張したのだが、やはりさくらを待っている間が一番緊張した。心臓が口から飛び出す位に胸の動悸が治まらなかった。バナナジュースの甘い味で気持ちを落ち着かせ様と必死だった。そしてさくらは現れた。最初に聞いた言葉は「待たせてごめん」だった。ネットで見たのと同じ笑顔でさくらが立っていた。
 その日の事は何だか夢の様で、とりあえずさくらにがっかりされずに済んだみたいでほっとしている。最初は緊張して喋れなかったが、さくらがいろいろ気を遣って話を進めてくれたので徐々に気持ちが楽になっていった。さくらに会ったら伝えたい事が沢山有ったので事前に箇条書きにしてメモを持って行ったのが役に立った。その後のドライブでは何だか嬉しくて取り止めのない話を一方的に思い付くまま喋っていた様な気がする。でもさくらは嫌な顔ひとつせず、最後までわたしの言葉をうんうんと頷いて聞いてくれた。展望台でそろそろ帰る? と訊かれた時は、急に想いが昂まってしまい、二人だけでいたいと口走ってしまった。その後のホテルでの事は…、もう言葉にならない。思わず激しく求めてしまったみたいで、思い起こしてみるととても恥ずかしい。でも嬉しかった。さくらと抱き合えたのだ。ああ、わたしはさくらに恋をしてしまった。女性として。

 あれから2週間が経つ、その後もやり取りは交わしている。デートは月に一度はしようと話していた。本当はもっと頻繁に会えればいいが、隣県と言えども距離があるので、デートをすればお互いお金も時間も掛かる。会う場所も当面は二人の街の中間地点にあたるK市にさくらは車でわたしは電車で出向く、そういう取り決めにした。後は日程を決めるだけだ。
 そろそろ次のデート日を決めてもいい頃かなと思って、さくらにメールを送った。
 
―― さくら、今度いつ逢える?


続く

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