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月灯りのミウ  2/16

(第2話)マコトの話


久しぶりに会うミウは前回会った時と寸分の違いもなく、あの夜がそのままタイムスリップして来た様な錯覚を覚えた。
カウンターに腰掛けハイボールを呑むミウの隣に移動した僕は早速声を掛けてみた。
「久しぶり、覚えてる?」
ミウは僕をチラッと横目で見ると口角を上げ、声を出さずに微笑んだ。
「マコトさんだったわね」

それには少し驚いた。僕はミウに自分の名を告げた記憶がなかったからである。もっともあの日僕は2軒目の店でかなり深酔いしてしまって何をしゃべったかという記憶があやふやになっている。
その中で自分の名前も口をついて出してしまっていたのかも知れない。あり得ることだ。ミウが口にしたマコトという名は紛れもなく僕の名前なのだから。
「ありがとう。覚えててくれてたんだね。あの時は悪かったよ。つい飲み過ぎてしまって、あなたが部屋を出て行くのにも気が付かなかった」

「あなたの方こそ、あの夜のこと、どれくらい覚えてる?」
ミウは人の心を見透かすような謎めいた瞳でそんな質問をした。
「さあ、どうだろ。何しろ随分時間が経ってしまったからね。あやふやで何もかもがはっきりしないんだ」
僕の答えにミウはふんと鼻であしらうように微笑んだ。
そんな横顔を見ながら僕もハイボールをおかわりして喉を潤した。
ふとあの夜月灯りに照らされた仔猫のような肢体が脳裏を過ぎる。

「ねえ、いくつか質問していい?」
頃合いをみて僕は訊ねてみた。
「質問?」
「ああ、僕はあまりにも君のことを知らなさ過ぎる。知ってるのはミウという名前とたまにふらっとこの店へ来るということくらいだ」
「知ってどうするの?」
「どうもしやしないさ。ただ知りたいだけさ。謎だらけだからね。仮にも僕とあなたは一度……」
関係を持った。と言おうとして、僕はやめた。それ自体があやふやな記憶なのだ。
「訊きたいことがあるなら言ってみて、答えるかどうかは、その質問によるけど」
「そうかい、じゃ、まず、最初に、あなたは一体、何者ですか?」
「何者って、随分な質問ね」
ミウは声を出して笑った。
「いや、言い方が悪かったかな。それじゃ、どこで暮らしてて何の仕事をしてる人とか?」
ミウはハイボールを一口、喉に流し込む。
「そんなこと何か必要? つまらない質問ね」
「あ、そうかな。ちなみに僕は、新橋にある小さな商社に勤めるサラリーマンだ。家は代田の方でひとり暮らしをしている」
「そう、別にそんなこと、どうでも良いわ」
素っ気ないミウの返事には取り付く島もない。

「そうか、分かった。じゃ、質問を変えるよ。そうだな、あなたがこの店に来るのは何か目的でもあるのかな?」
「どうしてそう思う?」
「だって、女性がひとりで呑みに立ち寄るなんて、普通あまり見かけないからね」
「女性がひとりでJAZZを聴きながらハイボール呑んじゃ変だと言いたいわけ?」
「変じゃないんだけど、何か理由があるのかなって思って」
「別にないわ、気まぐれに寄ってるだけよ」
「こんな風にいろんな酒場を渡り歩くのかい?」
ミウは謎めいた微笑を浮かべて、
「行かないわ」と囁く。
「じゃ、この店に来るようになったきっかけとか、何かあるのかな?」
するとミウはしばらく黙った。
「それは、言えないわ」
その口ぶりには今までのやり取りにはない、何か重いものが含まれているような気がした。
「そうか、悪かったよ。質問はこれで終わりだ。さあ、呑もうか」
ミウは黙ってウフフと笑った。
ともかく僕たちは再会を祝って乾杯をした。

その後は当たり障りのないバカ話をして、大いに我々は盛り上がった。
そして、また面白半分でダーツの矢が真ん中に刺さったら今夜付き合ってくれるかいと言ってみた。
前回のことがあるので、僕はダメ元で冗談半分、一か八かその時の酔った勢いに任せたセリフだった。
だが、意外にもミウは素直に良いわよとあっさり答えた。

そして僕はまたダーツに向き合い矢を放つことになった。
その時、僕はかなりハイボールの酔いが回っていた。普段、ただでさえ、矢がボードの真ん中に刺さることなど、なかったのだが、不思議なことは何度も続く。
僕の手から放たれたダーツの矢は、一瞬、軌道を逸れて、ダメだと思われたのだが、次の瞬間何かに引き込まれるように、またもボードの真ん中に突き刺さった。
その目の前の光景が自分でも信じられず不思議な気持ちだったが、神様が2度目のチャンスを与えてくれたのだと思い、それを信じた。
思えばそれが、今夜これから体験する出来事への幕開けだったのだ。


続く


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