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乳がんになる前 ①夫の体調不良

私には14歳年上のイギリス人の夫がいる。食とか健康には全く無関心で運動やスポーツどころか散歩さえも敬遠する、その生活習慣の結果が体型からも分かるような人である。勿論、成人病とは運命共同体。そんな夫が2025年初頭から、体調不調を(いつもより)訴えるようになっていた。私が乳がんの告知をされる約四ヶ月前。夫が大病を患っている可能性に日々慄いていた。


痒みの訴え


夫の体調の変化は、大きく二つあった。ひとつは、外出して5分以内に左胸から左腕にかけての痛み。ただし、すぐに痛みは消える。歩行には問題ないので、寒い冬の時期だったし肩凝り若しくは体が温まる過程で筋肉か何かがちょっと刺激されるのかとも思っていた。睡眠中やネットで動画を見ている時は特に何も起こらないので、それ程気にする必要はないとは思っていた。もうひとつは、皮膚の痒み。両腕が特に酷いらしく、家にいる時は半袖のTシャツにベストでいることが多かった。寒さよりも痒みのほうが我慢が出来ない。ネットで調べると、痒みは内臓系の病気である可能性も。夫はGP(General Practitioner、日本語ではかかりつけ医と訳される)に連絡して、診察の予約を取った。20年近く前に血栓で入院、ステントを三ヶ所入れている。タバコはその時止めたが、その後も吸ったり吸わなかったりいい加減だった。が、この数年は運よく禁煙は上手くいっている。その他の不摂生は変わらず、体重は更に増加、薬の種類も増加、糖尿病も患っている。最近は腎臓結石もやった。成人病の見本市のような人間である。それに加齢。何が起きても不思議ではない。覚悟しなくてはならないのか。何を覚悟すればいいのか。夫がいなくなることを、それとも夫が苦しむ姿を見たり介護をすることを、それとも身よりもなく残りの人生30年以上一人孤独に生きていくことを、か。



嫌な予感

イギリスでは、体調不良があっても普通病院に直接行かない。GP、かかりつけ医に行く。病院とは、予約のある患者か事故や緊急を要する人が行くところ。例えば重症でない怪我や火傷は病院の緊急外来へ、最近めまいがあるとか鬱っぽいならGPへ。GPは、小さいクリニックのようなものである。登録している患者達の医療や健康全般を受け持ってくれる。症状や病気がそれほど重症でない場合、特別な検査や専門医の診断が必要でないと判断されれば、だいたいここで十分である。GPの医師が重症を疑う場合は、病院での専門医との診察や検査を予約してくれる。夫がGPに連絡すると、比較的早く予約を取ってくれた。そして血液検査、更に病院でX線検査を受けるよう手配してくれた。BMI30を少し越えた肥満(5年前までもっと太っていた、これでも少し痩せた)、糖尿病持ち、血栓や結石の病歴。私も悪い予感はしていた。臨床経験のあるGPの医師も悪い予感があったと思う。夫はポツリと言った。
「癌かも知れないって」


イギリス人の食生活


他のイギリス人のことはよく分からない。でも、夫の食生活の乱れは、日本人から見れば自殺行為に等しい。しかし、紅茶やコーヒーを日に8杯くらい飲むのが普通のイギリスでは、必ず砂糖を入れないと飲めない人も結構存在する。夫もその一人。もう長いこと人口甘味料に切り替えさせているが、他の甘いものを制限することなど出来るわけはない。ビスケット、チョコレート、アップルパイにカスタードソース、アイスクリームと幾度も甘いものを頬張る。それに疑問も持たない。一緒に暮らし始めた時は、イギリス人なんてこんなものだと思っていた。一応、若い時は短期の語学留学とかで、イギリス人の家庭に滞在してその食生活の輪扁を味わった。朝、焼いたパンにたっぷりのマーガリンを油絵の具のように分厚く塗って、大さじ一杯分以上のジャムを乗せる。パンそのもののカロリーよりも、マーガリンとジャムの方が絶対に高いに違いない。そして、甘ったるいシリアルに牛乳をたっぷりかける。朝の砂糖摂取量だけで、日本人は糖尿病になりかねない。夕食後は、必ずデザートが出る。甘ったるいケーキにこれまた甘ったるい謎のソースをたっぷりかける。夕食のメインの三分の一はあろうかというカロリーの塊を食後に平らげるのである。それでもイギリス人が食生活を変えないのは、体質が違うのだろう、と思わざるをえなかった。(実際、日本人や東洋系は簡単に糖尿病になる。日本人で100キロ超えるのは才能、と何処かの医師が何かのテレビ番組で語っていたが、確かに大抵の日本人はそこまで太る前に体調を崩したり胃腸がもたなくなるのではないか。イギリス人の夫は50代半ばで100キロ越えたが、それでもすぐに糖尿病の症状もなく平気だった)だから、私があれこれ言う事ではないんだろう、と。仮にも過去に世界の富を分捕って全盛期を極めた大英帝国様である。医学も学術も先進国である。もしこの食生活がイギリス人の健康を害するなら、政治や社会や教育や医療の場でもっと改善が行われている筈だろうから、これでいいのだろう、と。長く生活するようになり、イギリスの肥満率もアメリカ並ではないがヨーロッパで一番高いこと等、健康と食事について徐々に学び、野菜や果物をほぼ食せず加工品ばかり口にする夫が大病を患っても何ら不思議はない、と最近は思うようになっていた。


大病の不安


癌か。
仕方ない。そうかも知れないとは思っていたが、やはりそうなのだろう。加齢による皮膚の乾燥が痒みの原因だと、そう楽観的に考えようとしたけれど。取り敢えず、治療が可能でそれほど大変にならないことを祈るしかなかった。折しも、夫の友達が癌に罹っていて治療中。詳しいことは分からないが、私は幾度も言った。まるで自分に言い聞かせるように。
「癌でも大丈夫、抗癌剤治療とか大変だけど、乗り切れるから。私の母なんて80歳過ぎて乳癌になって生き延びたんだから」
既に様々な成人病を抱えて数多の薬を内服している夫は、どれだけ癌に治療に耐えられるのか、想像出来なかった。そして、既往歴と年齢からきちんと治療をしてもらえるのか、疑問だった。多くの治療法や抗癌剤が、医師から有効ではないと判断されるのではないか。NHSは、万年予算不足に苦しんでいる。高齢者は、そのQOLを考慮して積極的に治療しないとも聞いた。そこまで高齢ではないものの、あの体重と成人病の標本である夫は、ちょっとした手術すら難しいのではないか。60歳過ぎて母はBMI30になったけれど糖尿病もなかったし、長い喫煙歴があるにも関わらす外見は若々しく、娘である私が言うのも何だが、可愛らしく上品だった。食べることが好きだったけれど、果物や干し芋等が大好物で野菜もたっぷり健康に良いものも摂取していた。抗癌剤後、生えてきた毛も八割以上黒かった。イギリス人は全体的に日本人よりずっと老けて見える。夫もそう。夫は95%白髪で60歳前後で糖尿病。癌そのものより、長期に渡る癌治療とその副作用に耐えられるのか、不安しかなかった。


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