わかってもらえたと言う思いを味わう
最近仕事のことでぐちぐち言っている投稿ばかりだなあと思っていました。
何だか同じようなことばかり書いていて。
でもやはり、吐き出したいと言う思いが多く。
バレーの観戦記も途中まで書いて仕上がらず。
何だかなあと思っていたのです。
でもそんな私の記事を読んでくださる方がいる。
スキを押してくださる。
そしてマガジンに載せていただいたり、コメントをいただいたり。
本当にどれだけ助けられているか。
ありがとうございます😭
中々きちんとお礼が言えなくて、申し訳ないなと思っています。
そして私にとってnoteが大切なものになっているのだなあと、改めて思いました。
受け止めてもらえると言うことがどれだけ自分の力になるのか。
そんなじわっとした感覚。
うるっとしてしまうような。
電車の中で書いていて、思わず、何粒かこぼれてしまいました。
私は子どもの頃から泣き虫で。
でも、泣くと怒られるので、気持ちを受け止めてもらった覚えがあまりありません。
辛いなあと思って泣いてもそれは受け止めてもらえなくて。
だからいつも自分の気持ちのもって行き場がなかったのかもしれません。
人に頼ってはいけない。
自分で自分の気持ちを処理しなければいけない。
誰にも自分の気持ちは言わない。
困っても相談はしない。
そして人から嫌われないように波風を立てないように。
我慢すれば大体のことが過ぎていくと。
自分を出すことなんてできないし、誰も自分のことを重要視なんてしていない。
そんな風に思っていました。
でも、自分を出してもいいんだ。
自分のことを話ししてもいいんだ。
とだんだん思えるようになってきたのです。
そんな機会を与えてもらったこと。
話しを聞いてもらったこと。
それが私にとってはとてつもなく嬉しいことでした。
そして思ったんです。
今までみんなよりも劣っている。
自分はみんなに受け入れられていないと言う思いは、自分の思い込みだったのかもしれないと言うことを。
自分が勝手にそう思っていただけで、
自分が自分の言葉でちゃんと伝えようとすれば、聞いてもらえる。
でも、それをしてこなかった。
そのことに気付くことができたのです。
思いをつたえよう。
自分の言葉で。
無理をしないで。
そんな風に思うことができるようになってきたのです。
何だか自分と言うものを実感できるような気がしてきました。
自分で考える。
人に伝えたかったら伝える。
伝えたくなかったら伝えなくていい。
人の顔色を読まなくて良い。
自分はちゃんと考えて言うことができる。
いつもできる訳ではないけれど。
少しずつできるようになってきた気がします。
自分の思いを伝えることができると他の人の話もきちんと聞くことができて。
受け入れることができるようになったのだと思います。
自分の気持ちを受け入れてもらえるということ。
それをちゃんと自覚できる。
本当に嬉しいことです。
周りの人の言うなりになると言うことではなく、自分の考え、思いはもっている。それで相手を受け入れる。
私は、この間、子どもたちのケンカの言い分を聞いている時、
「わかる。わかる。怒るのは当たり前だよね」
と思ったのです。
だから、「もうケンカなんてしたくない」と言った時、本当にそうなんだなと思ったし、何とかその思いを支えたいと思えたのです。
昔の私だったら、きっと自分の立場を一番に考えて、どうやったら無難に収められるだろうと考えて策を練ろうと思ったと思うのです。
でも、今は違います。
相手の思いを受け止めてあげたい。
相手の思いを支えたい。
そんな風に思っている自分がいるのです。
事実がどうなのかと解き明かしても誰もすくわれない。
そんな風に思いました。
自分が思いを伝えたいと思うこと。
そしてそれを受け止めてもらったことをとても嬉しいと思うこと。
そして、私も誰かの思いを受け止めたいと思うこと。
それがとても大切だと思うし、私がこれからしていきたいことなのだと思います。
皆さんのnoteを読むのもとても楽しいです。
何か書けなくても。
他の誰か一人でも良いから、書いている方の思い、それを感じられる自分でいたい。
そんな風に思いました。
今回も読んでいただき本当にありがとうございます。
