AIは、なぜ何でも「少し」にするんだろう。
こんにちは、朔(さく)です。
自分で働き方を選べるようになりたい30代会社員です。
ストレスの多い毎日や将来への不安をきっかけに、会社以外の収入源を作るため、AIやnoteを使った収益化に挑戦しています。
AIに文章の確認を頼むと、感情の前に「少し」が置かれて返ってくることがあります。
「少し見え方が変わりました。」
この表現も、何度見たか分かりません。
何がどう変わったのか。
どれくらい変わったのか。
自分の中ではっきり答えが出たのか、それとも迷ったままなのか。
読んでも、その人の気持ちが見えてきません。
僕自身、AIから出てきた文章に「少し」が入っているのを見つけるたびに、またかと思うようになりました。
何でも弱くすればいいわけではない
もちろん、僕自身が迷っているなら「少し」を使うこともあります。
前より少し楽になった。
少しだけ納得できた。
完全には決められないけれど、気持ちが動いた。
その感覚が自分の中にあるなら、そのまま書けばいいと思います。
ただ、はっきり思っていることまで弱くされると、意味が変わってしまいます。
悲しかった。
納得できなかった。
もう使わないと決めた。
自分の中ではそこまで決まっているのに、文章になると「少し悲しい気持ちになりました」「少し違和感がありました」と薄められる。
僕が感じたことなのに、誰にでも当てはまりそうな無難な感情へ置き換えられてしまいます。
強く言い切ると、誰かに否定されるかもしれない。
反対されないように、角が立たないように、言葉を弱くしておいた方が安全なのかもしれません。
AIの文章を読んでいると、そんなふうに感じることがあります。
でも、noteで書いているのは僕の体験です。
誰かにとって安全な感情ではなく、その時に僕がどう思ったのかを残したいんです。
その「少し」は誰のものか
最近は、AIから文章が出たあとに「少し」という言葉をかなり確認しています。
本当に自分がそう感じていたのか。
言い切れない理由があるのか。
AIが文章を丸くするために入れただけなのか。
必要がなければ削ります。
「少し見え方が変わりました」と書いてあれば、何が変わったのかを考え直します。
納得したなら、納得した。
考えを変えたなら、変えた。
まだ決められないなら、迷っている。
自分の状態に合う言葉へ書き直します。
文章を強く見せるために断言したいわけではありません。
迷っている時まで無理に言い切るつもりもありません。
ただ、自分の感情をAIの判断で勝手に弱くしてほしくないんです。
僕がnoteに残したいのは、AIによってうまく整えられた平均的な感情ではありません。
AIを使って困ったこと。
noteを続けながら悲しかったこと。
自分なりに考えて決めたこと。
その時の僕にしか書けない部分です。
会社以外の収入源を作り、働き方の選択肢を増やしたいと思って発信しています。
選択肢を増やした先で、自分のペースで働き、生きられるようになりたい。
そのために書いている記事まで、誰にでも当てはまる言葉にしたくありません。
AIに手伝ってもらいながらも、どの言葉を残すのかは自分で決める。
これからも、その「少し」は本当に自分が感じたものなのかを確認していきます。
このnoteでは、AIやnoteを使った収益化に挑戦する中での気付きや学び、うまくいかなかったことも含めて発信しています。
僕自身、まだ挑戦の途中です。
それでも、同じように今の働き方や将来に不安を感じている方にとって、僕の試行錯誤が何か一つでも参考になれば嬉しいです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
それではまた次の記事で、朔でした。
