おっとせい~私の夫の生態~
あらすじ
小説の帯に「発行部数3万部突破!」と書かれているのを見て、すぐに著者印税額を計算する変わり者・竹本なゆた(32)。
そんな彼と今年で結婚三年目を迎える竹本ひなの(27)は、人間観察が趣味のひよっこ漫画家である。
変わり者の夫を頼りなく思うひなのは、ある事情があって夫との三年間の夫婦生活を漫画にし、離婚することを決めた。
ひなのが書く漫画は夫をディスりつつも、そこには確かに愛がある。
これは益田ミリの「僕の姉ちゃん」的、ほのぼの短編回顧録漫画である。
はじめに
私の名前は竹本ひなの。旧姓は矢田。
三年前に夫のなゆたと結婚した。幼少期から「ヤダひなの」と散々バカにされてきて、やっとまともな姓を得たと思ったのだが、兄から「タケモトピアノ」みたいな名前だと笑われ、会うたびにピアノ売ってちょうだいとせがまれる。
私の職業はピアノ売りではなく、ひよっこ漫画家だ。
先述したように私はなゆたと三年間、夫婦生活を送ってきた。結婚三年目の祝い事として革婚式というのもがある。簡単にいえば、革のように夫婦の関係も粘り強く倦怠期を乗り越えようというものだ。
きっと三年目の節目というのは、相手の嫌なところも熟知し、それを受け入れるか受け入れまいか、年数的にもギリギリ後戻り可能なタイミングなのだろう。私も例に漏れず、夫婦間の危機に陥っている。
私が選んでおいて言うのもなんだが、夫は変わり者だ。さっきも「炭酸水買ってきて」とお願いしたら天然水を買ってきた。人間としては面白おかしくて愛せるし、好きだ。だけど夫としては頼りないところがある。
私はその節目の年となる今年、とあることを決めた。夫の変わった生態を漫画に残し、夫婦関係を終わりにする。
これは夫婦生活三年間を振り返り、終止符を打つ二人の物語。
益田ミリの『僕の姉ちゃん』みたいな短編漫画になれば嬉しい。
それでは『おっとせい~私の夫の生態~』をご覧いただこう。
はじまりはじまり。
喫茶店
カーテンレールの上から夫の靴下が見つかった日のこと。私と夫は、家のそばにある喫茶店にやってきた。
私たちは注文したコーヒーが来るのを待っていると、隣から蚊のような細く小さい声で「すみません」と聞こえてきた。
隣の席にいた内気そうな女性は、店員さんを呼んでいるのだが店員さんは気付いていない様子だ。
夫は、その状況をみて「すみません!」と地を這うような野太い声を出して代わりに店員さんを呼んだ(格好つけてるぽい)
そのおかげで、隣の女性は注文ができた様子だった。
夫は無事オーダーを終えた隣の女性に「名を名乗るほどの者じゃありません」と、名前を聞かれる前に答えていた。
多分、聞く気はなかったと思う。
そのあと、私たちのテーブルに店員さんがやってきて、注文したコーヒーカップをテーブルに置いた。夫はインド人風に店員さんに両手を合わせて感謝を告げる。店員さんの去り際にはお疲れ様と、澄ました顔で言っていた。なんかムカつく顔だ。
夫はブラックコーヒーの入ったカップに口をつけて苦そうな表情を浮かべながら、これこれと言っていた。
夫はいつも店員さんが女性だとブラックを注文する習性がある(格好つけてる)
私が「無理しなくていいよ」と、言うと観念したのかミルクと砂糖を入れていた。確か砂糖は2袋いってた。
「さっき買ったスケジュール帳に予定入れていこうよ」
私が言うと、夫はリュックの中からスケジュール帳を取り出した。先程、本屋で買ってきた新しい手帳だ。
私たちは少し先のデートの予定を入れていく。来週末はチームラボ、ゴールデンウィークには熱海。夏は鎌倉に行きたい。それとディズニーにも行きたいね、なんて話した。
夫はスケジュール帳に予定を書き込んでいく。背筋を伸ばし、慎重に丁寧にペンを動かしている。
あれだ。小学生が新品のノートを買ったときに初めだけ頑張って綺麗に書こうとするあれだ。
私が夫にそれをいうと「いや、いつもこんなだよ」と、明らかに虚勢を張っていたのだが、その数秒後、コーヒーをスケジュール帳にぶちまけた。
熱海の予定以降は、ペンのスピードも早くなって文字が汚かった。
飲み会
夫がコンビニでカレーを買ったら箸もスプーンも入れ忘れられて素手でいった日のこと。
夫の元に会社の人から電話があった。会話の内容から飲み会の誘いのようだ。
夫は「行けたら行きます」と答えて電話を切った。
「行けたら行く」は、行かない人の常套句だ。
しかし、夫は支度を始めている。
……行くつもりだ。
ここからは夫から聞いた話だが、夫が会場にやってくるとみんな驚いた表情を浮かべ「行けたら行くって言ってませんでした?」と言われたそうだ。夫は「行けたから来た」と、平然と答えたみたいだ。
飲み会自体は、取引先の人たちとの飲み会で夫は隅っこに座って会費3000円分を取り返そうとビールを頑張って飲んでいたらしい。
すると、夫が一人で寂しそうにしているのに気付いた取引先の女性が、気遣って「竹田さんはお子さんいらっしゃるんですか?」と、話を振ってきたらしい。
夫はいないですと答えたらしいのだが、そもそも苗字は「竹本」だ。夫は訂正するタイミングを逃してしまい、飲み会中「竹田さん」で通したそうだ。
最後、会計の前に部下から「竹本さん、一緒にタクシーで帰りません?」と言われ、取引先の人たちの顔が青ざめていたらしい。
家のまえの道
夫が洗顔と間違えて歯磨き粉で顔を洗った日のことだ。
私はいつものように仕事に向かう夫を玄関で見送る。私たちはマンションの2階に住んでいるのだが、いつも行っているルーティンがある。
毎朝、仕事に行く夫を玄関で送ったあと、私はベランダにでる。
夫は外を歩きながら、こちらに手を振るのが日課だ。今日も見えなくなるまで手を振った。100mくらい真っ直ぐな道なので米粒になるくらいまで夫は手を振っている。
夕方。夕食の準備が早く終わったので、久しぶりにベランダで秋風を浴びていると、夫が遠くから帰ってくるのが見えた。
夫は目が良いのかこちらに気付いて、手を振っている。ちょっと怖い。
米粒くらいの夫を観察していると、5回連続で向かいから歩いてくる人と避ける方向が、被っていてバスケの攻防みたいになっていた。
最後のサラリーマンとは避ける方向が被り過ぎて10秒間くらい見合っていて、散歩中のチワワがその様子を見ていた。
アヒージョ
見知らぬ子供からすれ違いざまに、校長先生に似てると言われて、夫の口数が減った日のことだ。私が「たまにはお洒落なお店でご飯を食べたい」と言ったものだから、夫が近くのスペイン料理店に連れて行ってくれた。
夫はお洒落な店に緊張しているようで、私が「緊張してんの?」と聞くと、「いつもこういうところ来てるから」と、虚勢を張りながらマドラーをストローと間違えて吸っていた。
アヒージョが出てくると、夫は手をつけず何やらスマホを触っていた。こんな時にスマホなんか触って…と思っていたのたが、店舗をでたあとに夫のスマホを覗き込むと、検索履歴に「アヒージョの食べ方」と残っていた。
LINE
夫が健康診断のアレルギー欄に猫と書いた日のことだ。
私は夫と毎日LINEをしている。付き合いたての頃はそれこそ長文で絵文字までつけていたが、今ではスタンプすら使わず、「り(了解)」「ほ(ほい)」「あ?(夕食ある?)」など一文字でやり取りをするようになった。
これを寂しく思う人もいるかも知れないが一文字で伝わる凄さを分かってほしい。
夫から「お(仕事終わった今から帰ります)」と来た。ここまでは分かる。今日は更に「か」と送ってきた。「か」とはなんだろう、、、と考えていると、一枚の写真が送られてきた。
それは電車の中で撮られたもので、知らないオジサンが夫の肩を借りて眠っているツーショットの写真だった。「か(肩をかした)」ということらしい。
てか、何してるの?
チケット
夫が買ってきたシャンプーが冷蔵庫から出てきた日のことだ。
夫はいつも19時には家に帰ってくる。しかし、22時を越えても帰らず「お(お疲れ)」とLINEしてから返信がない。
私は心配になって夫の仕事場に電話するか、夫の両親に連絡するか悩みながらベランダで夫の帰りを待っていると、遠くから手を振る人が見えた。夫だ。
「何してんの」と、怒ると夫は仕事帰りに飛行機のチケットを拾ったらしい。
そのチケットは札幌行きの最終便のようで、落とした人が困ると思い、家とは逆方向の羽田空港まで届けに行ったらしい。
空港のカウンターに到着した頃には搭乗時間は過ぎており、そのチケットの持ち主はチケットの再発行手続きで無事に乗れていたそうな。
「アンタばかじゃないの」
と、言いつつ私は冷めた肉じゃがを鍋に戻して温める。
夫は不器用で変わった人だけど優しさの塊だ。私が選んだだけある。
思えば、私たちの出会いもこんな感じだった。
気が向いたら私たちの出会いを書こうと思う。
続く
創作大賞
