コスプレ文化が広がる今だから、改めて考えたこと
※このnoteは、当初の公開後に内容を大幅に加筆・修正しています。
理由としては、SNS上で広く拡散され、多くの方に読んでいただく機会を得た反面、意図がうまく伝わらなかった部分や、表現をより丁寧にしたいと感じたためです。
最初のバージョンは、別途「元の記事」として残してありますので、必要に応じてそちらもご覧いただけます。
こんにちは,SAKUです。
私は普段、写真や創作に関わる活動をしており、
自身もコスプレを楽しむ側の人間でもあります。
だからこそ、今回の件に対して感じたモヤモヤも、
「コスプレを外側から批判する立場」ではなく、
あくまで「一人のコスプレを嗜む人間として」
できるだけやわらかく、素直に言葉にしてみたいと思い、noteを書きました。
私自身の立場について
私もコスプレを嗜む一人なので、コスプレを楽しむ側の気持ちはとてもよくわかります。
私自身も、万博には華やかな服装で行きたいなと思っていました。
だからこそ、できる範囲で周りへの配慮を心がけていますし、
コスプレがより広く受け入れられてきた今の社会の流れは、とても素敵だと感じています。
ただ私は、たとえ社会が寛容になったとしても、
「キャラクターのコスプレ姿で堂々と歩き回ること」については、少し慎重に考えたいと思っています。
なぜなら、世の中には「コスプレを見ることが苦手」という人も確実に存在していて、その人たちを敵視したり、存在自体を否定する必要はないと考えているからです。
だから、「できるだけ気を使っていこうね」という、それだけの話なのです。
どうしてこのnoteを書いたのか
今回noteを書いた背景には、
「コスプレって素晴らしいよね!」というポジティブな声が多くなる一方で、
無許可撮影
公共マナーを守らない行動
混雑時の安全リスク など…
過去にコスプレ界隈で起こってきたトラブルへの警戒心や、
そもそもコスプレを苦手とする人への配慮が、
少し置き去りにされているように感じたことがありました。
さらに、「嫌なら見るな」「我慢しろ」といった強い圧力を感じたことも、
私が今回、言葉を綴りたくなった理由です。
たまたま万博で話題になったけれど…
今回、大阪・関西万博の会場でコスプレを楽しむ方が話題になったことがきっかけで、
たまたま万博という公共の場でのコスプレが話題になりましたが、
私は「万博そのものを批判したい」とか、「コスプレ禁止にしろ」という話をしたかったわけではありません。
本来このnoteは、
「コスプレ文化全体」が、これからも素敵に広がっていくために
今一度、小さな配慮や思いやりを忘れずにいたいね、という願いを込めたものです。
実際に交わされた対話から得た気づき
note公開後、コスプレとは少しジャンルは違いますが、
「痛車文化」に関わる方とも意見を交わす機会がありました。
その方は、自身の愛車に好きなキャラクターを描き込んでいる「痛車オーナー」さんであり、
過去に、痛車文化が一部の無謀な行為によって社会から偏見の目を向けられてしまった経験について教えてくださいました。
たとえ大多数がマナーを守っていたとしても、
「少数のトラブル」が文化全体のイメージを左右してしまう──
この現実を、改めて強く意識させられました。
このやり取りを通じて、私は確信しました。
文化が自由であり続けるためには、小さな配慮やリスクへの想像力が不可欠なのだと。
今回特に懸念したポイント
今回、私が特に懸念を抱いたのは次の点です。
特定のキャラクターに扮したコスプレイヤーさんが、
まるで公式のグリーティングキャラクターのように振る舞っているように見えたこと(X上で共有された写真や情報からの印象です)。一般来場者から見た場合、
「万博公式のキャラクター」や「公式依頼のコスプレイヤー」だと誤認される可能性があったこと。もし仮に、そう認識されたコスプレイヤーが問題行動を起こしてしまった場合、作品や公式、さらには万博全体への信頼に悪影響を及ぼすリスクがあること。
たとえば一般の方から見て「公式キャラクターの人だ」と誤認された人が、
もしも乱暴な対応をしてしまったら?
そのとき、作品そのものや公式運営に対して、不信感が生まれてしまうかもしれません。
今回のコスプレイヤーさんはたまたま素敵な方だったから良かったですが、
これが続けば、トラブルに繋がる可能性もある──
そんな「杞憂」も含めて、私は言葉にしておきたかったのです。
このリスクは、
「今回はうまくいったからいいじゃん」という話では済まず、
文化全体の信頼や未来に関わる大切な問題だと私は考えています。
誤解されがちなポイント
ここまで読んでくださった方には伝わっていると思いますが、
改めて、はっきり書いておきたいことがあります。
私は「コスプレ文化」自体を否定しているわけではありません。
万博でのコスプレが全面的に悪いとも思っていません。
コスプレを楽しむ人たちを敵視する意図も一切ありません。
むしろ私は、コスプレが大好きです。
これからも、たくさんの素敵な表現が広がっていってほしいと願っています。
ただ、「自由である」ということは、
「どんなに違和感を抱かれても好き勝手していい」という意味ではないと思うのです。
自由とは、本来、
周りと折り合いながら育てていくものだと、私は信じています。
最後に
今回、批判や賛同、さまざまな意見をたくさん受け取りました。
そのすべてが、
「今後の文化をどうしていくか」という問いに繋がっているように感じています。
意見が違うことは、自然なこと。
でも、違うからこそ、対話を重ね、
よりよい形を一緒に探していけたらいいなと思います。
表現する自由も、
戸惑いを抱く自由も、
どちらも在っていい。
そんな未来を目指して、これからも言葉を重ねていきたいです。
ここまで読んでくださり、本当に有難うございました。
SAKU
