【ゆる読書メモ】へなちょこな母になって気づいたこと
【ゆる読書メモ】
高濱正伸『伸び続ける子が育つ!お母さんへの60の言葉』
「忙しい、忙しい」と言っていると、
子どもと感動を共有する余裕がなくなるよね、
というパートがありました。
ほんとそれ。
感じる心、感性を育てるには、周りの大人が感じたことを声に出して言葉で表現することです。
(中略)
お母さん自身が流された時間の使い方をしていて、「忙しい、忙しい」と言っていたら、一緒に感動を共有できる余裕はありません。そこが、今の忙しいお母さんの落とし穴です。
シーンとした静けさのなかで水の音がするのを、「ああ、『古池や蛙飛び込む水の音』ってこういうことだよね」と言えるかどうか。(中略)
「ポチャンって水の音がしたから、それが何?」.....。
このあたりは、お母さんの能力が明らかに問われてしまいます。責任重大なのですよ。
うっ…責任重大…とダメージをくらいました。
「忙しい」から大変、とか
「忙しい」から後にして、とか
「忙しい」から仕方ない、とか
当たり前のように「忙しい」ことを免罪符にしていた気がします。
「忙しくてごめんね」ですら、
「忙しい」を前提にした言葉なのかもしれません。
でも、「忙しい」は魔法の言葉ではない。
体調を崩す前の私は、とにかく毎日忙しく過ごしていました。
仕事でも、家事でも育児でも。
とにかくいつも次の予定を考えていて、目の前の出来事をゆっくり味わう余裕はない。
「忙しいから仕方ない」
みんなそうだと思っていた気がします。
ところが体調を崩してからは、仕事にも行けなくなり、へなちょこな母になりました。
情けないけど、娘にも「ちょっと疲れちゃったみたい。今はおやすみ期間なんだー。」と伝えました。娘も「そっかー」と深追いはしてこなかった。寝込んでばかりで、理想のお母さんとは程遠い。
でも、そのおかげで娘と一緒にいる時間は増えました。
「見て!空めっちゃ綺麗だよ!グラデーション!」
「あれ?鳥の鳴き声、聞こえない?ベランダ?」
「月、大きくない?普通の満月だっけ??」

と撮影してくれた空。
そんな何気ない会話をする機会も増えました。
以前ならスルーしていた目の前のことを「切り取って感じる」という余裕ができました。
だからって、体調を崩してよかったとは思いません。
元気なら元気な方がいいです。
でも、あの経験がなければ、「一緒に感じる時間」の大切さに気づけなかったかもしれないな、と思います。
私自身、子どもの頃の記憶って、「学校の帰り道できれいな小石探して、母に自慢してたな」とか「ピーピーマメが上手に吹けなくて、何個も無駄にしたな」とか、そんな生活の中のささやかなことの方が覚えてたりします。
この本を読んで、改めて私は「忙しい」という言葉を免罪符にして、たくさんの感動を通り過ぎてしまったのかもしれないと思いました。
うーん…なんだか切ない。
でも、たぶんまだ遅くない!!
今も相変わらずへなちょこな母ですが、
娘と「わーー!!見てみて!」と言える時間だけは、大切にしていきたいなと思いました。
