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敢えて言葉にする。自らの歴史が始まって10周年の節目がこの曲で良かった/note版ー櫻坂46「The growing up train」MV解禁 #142

遂に解禁となりました、櫻坂14th表題曲MV。


以前から一貫して申し上げているとおりですが、今年2026年が櫻坂の原点である欅坂46デビュー10周年にあたり、それがアニラ国立の直近の日付でやってまいります。私個人としては、そこを忘れてはならないとずっと思っています。

とはいえ、欅坂から10年であると同時に、アニラは櫻坂5周年のお祝いであり、櫻坂になってからBuddiesになっていただいた皆様におありになるかもしれない、そこまで欅坂にこだわらないといけないのは意味が分からない、櫻坂のアニラで欅坂は見たくない、というご意見も理解はできるのです。

これが、ある意味であの改名というものを迎えたことで起きてしまった、ひとつであるはずのグループの分断、良い意味で言えばリセット再出発、ということになるんでしょうが、その出来事の功罪の罪の部分でもあると思っています。

でも逆に言えば、そんな「節目」の曲が、この曲だからこそよかった。

欅坂からの歴史を忘れていない。その歴史とは、まさしく光のようなスピードで駆け抜けていった5年間に、これ以上ないくらいの脚光を浴びつつ、その裏では想像を絶する毎日、とてもではないけれど、彼女たちが耐えられるかどうかわからないほどの壮絶な日々があったと想像しています。彼女たちの言葉、あるいはドキュメンタリー映像の端々、それらがすべてを映し取ったものではないでしょうが、それだけでも本当に傷だらけの歴史だったことが垣間見えます。


そして、櫻坂46となり。

どこに進むのか、もっと言えばどこに進もうとしているのか、それらもすべて自分たちで決めないといけない、でも正解はわからない、その状態で大海原に放り出されて。がむしゃらにやってきて、そしてここまできた。
どちらのグループの歴史も、実に尊いものであり、どちらかを肯定してどちらかを否定してしまうと、総体としての現在の彼女たちの存在意義が失われてしまうような気もします。
つまり、その両方を肯定すべきだという観点に立脚した場合、この曲はこれ以上ないくらい素晴らしいものであった、ということです。

歌詞も、現在の彼女たちはもちろんのこと、過去の彼女たちも、未来の彼女たちもしっかり救ってくれるものになっていて。
過去の全てのことを乗り越えた先にある「現在」がこの場所でよかったという意味の笑顔だと受け取れて。

あの頃。

まさかあの状態で再出発した櫻坂が、約5年半後に国立競技場でLIVEができるグループになるなんて想像できた人なんかほとんどいない気がします。
謙虚を絵に描いたようなメンバーたちはもちろん、私たちでさえそんなことを思い描いた方がどれくらいいらっしゃったか。

ただ、敢えて言うなら、もしかすると。

彼女たちの東京ドーム、京セラドーム、そして国立競技場という、当時としては果てしない夢だったかもしれないこの未来を、真剣に実現させようと考えていた人がいるとするなら、私はそれは運営だったのではないかとずっと思っています。
最も欅坂からの歴史を否定したくないのは、誰より運営なのではないかと。せっかく自らが立ち上げたグループが、改名せざるを得ない状況に追い込まれて喜ぶ人間などいるものかと。もし本当にあのときグループを見限っていたなら、解散させていたのではというのが私の考えです。なんとかグループを存続させたくて、とった方法論が改名だった、と考えています。

メンバーはメンバーで、当たり前のことなど何一つない、というマインドが心の奥底に刻まれました。ことあるごとにそれはメンバーたちが口にしています。特に二期生。なにせあのときの当事者です。彼女たちが中心だからこそ、あれだけ謙虚で自分以上に周りのことを考えられるグループになったように思います。そしてそれは、実は欅坂一期生が持っていたマインドであって。二期生がそばで一期生を見て学んだことのひとつではないかと。

考えすぎと言われることも理解して申し上げますが、この曲はそんな欅坂からの流れをすべて内包している曲に、私には聞こえました。
例えば直接、アニラで欅坂の楽曲を披露すると反発も予想される。かといって、欅坂からの歴史を無視することもしたくない。そこまでに携わってくださったすべての皆様のことも忘れていない、という意思表示をするのに、この曲は最高だ。
メロディライン、歌詞、振付、彼女たちの表情、すべてにおいてその意味が散りばめられている気がして、私は聴くたびに涙が溢れるのです。


Buddiesは櫻坂に何を求めているのでしょう。
きっかけによっても、推し歴によっても、あるいはスタンスによっても違うだろうとは思います。でも、何かどこかで彼女たちのことが心に引っかかり、今に至る、という部分だけは共通しているのではないか、そんなふうにも思っています。

だとしたら、そんな人たち全てに必ず刺さるのではと私は考えます。

翻って、櫻坂46が私たちに求めるもの。

それは。


たとえ、いつ、どんなときであっても
味方でいること。

どんなことがあっても、眩い光で彼女たちを照らすこと

そこに尽きるのではないかなと私は思っています。


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まさたか(川島 雅隆) noteの中でも、櫻坂46・日向坂46に特化した内容ですので、特に二つのグループの推し活を経て、皆様に文章で還元できるよう努めてまいります! よろしければサポートをお願い致します。