『南京大虐殺』物語は、米国のプロパガンダ。原爆・大空襲を正当化する為
「南京大虐殺は反日 “プロパガンダ” の中核となった。
この映画はその顕著な一例である」
これはスタンフォード大学歴史学の学部長・デビッド・ケネディ氏の言葉です。
要するに『南京大虐殺』は作り話だ。
情報戦だと言うコトです。
「この映画」とは「THE BATTLE OF CHINA」。
原爆を日本に投下するとほぼ決定したのが
1943年5月「米国軍事政策委員会」でした。
アメリカには、原爆という国際法違反の大罪を正当化させる為の口実が必要でした。
それには、日本人をよほど悪者に仕立て上げなければならない。
「日本はこんなに悪い民族だ!
だから原爆使用は正当な手段だった」
とするプロパガンダを、全世界に流布する必要があった。
そこで制作したのが捏造物語「南京大虐殺」を描いた映画
「THE BATTLE OF CHINA」(フランク・キャプラ監督)です。
「日本兵は南京で中国人に酷い大虐殺をしたぞぉ~」と…
アメリカ国民と全世界を騙す為の戦時プロパガンダ映画です。
その嘘の映画を検証した映像が↓↓こちらです。
アメリカの良心的な人によって検証されました。
日本人が南京大虐殺をしたとする映画が如何に信憑性のないものであるかを実証した動画です↓
アメリカ政府は原爆投下迄に、このプロパガンダ映画を作成し、全米で上映した。それが1944年。
繰り返し繰り返し上映し、原爆投下迄に、全米で約400万人に観せました。このようにしてアメリカ政府は
アメリカ国民に強い反日感情を植え付けることに成功した。
アメリカ政府は映画だけではなく、ポスター等、様々に工夫し全アメリカ国民に反日感情を植え付け「日本は極悪な国だ」と洗脳した。






米政府の情報工作は見事に成功しました。
米兵は日本人に強い憎悪を抱き、日本民族絶滅を口にするアメリカ人も多く、殺害する事に抵抗感がなくなりました。

こうして反日の世論を形成させた上で、
翌年、日本の非戦闘員を敢えて、狙い、原爆と、空爆で
ジェノサイドを実行した。

冒頭ご紹介したデビッド・ケネディスタンフォード大学教授の言葉通りです。
「南京大虐殺は反日プロパガンダの中核となり、
この映画はその顕著な一例である」
ケネディ教授はアイリス・チャンの『ザ・レイプ・オブ・南京』についても批判しました。
ジャーナリストのティモシー・M・ケリーも「間違いだ」「全くのでたらめ」「不正確な歴史だ」「恥知らずの盗用」と批判しました。
南京大虐殺と併せて731部隊や慰安婦についても
証拠は一切ないのです。

アメリカは明らかに国際法違反を犯しています。
1944年9月「ハイドパーク協定」で
原爆ジェノサイドのターゲットを一般の日本人(女性や子供など、非戦闘員)を狙うと決めたのでした。

┃「南京大虐殺 “物語”」はアメリカ産 →→中国
アメリカ発の「南京大虐殺ものがたり」は、
全米に1944年に上映されたと言いましたが、
中国国民党政府には、一年遅れて翌1945年になって
アメリカ政府がこの映像を渡し、中国向けに編集し、
中国国民に見せられることとなりました。
それが、プロパガンダ映画「中国之怒吼(どこう)」です。
事件が起こったのは中国大陸である筈なのに
この話の流れは…(・。・;?
(先)アメリカ→→(後)中国 …です。
アメリカはまるで随分前から準備していたかのように
投下後、占領軍が入るや否や『実験動物の観察施設』が
迅速に設置されました。

そして、現地の南京でも全く噂もなかった「物語」が
東京裁判で突如出てきた。

┃悪魔国家・米中の犠牲となった日本兵が遺した言葉
「中国を愛して」~南京虐殺の冤罪で処刑された野田毅氏の遺書
我が国は親子の絆を守り抜いてきた唯一の国家であり、
万世一系が貫かれています。
究極の克己心である武士道精神の大義を重んじる伝統を持ち、
和の精神により他者を優先する調和伝統が確立しています。
勤勉な国民性が力強い技術力を生み出してきました。
日本は、
知、情、意が見事に融合した稀に見る国家です。
この日本精神伝統は武士道として結実しました。
日本人はお金や財産よりも大義を優先しました。
大義のために自分の命を捨てました。
その日本人が、
アメリカが原爆を正当化させる為に行った情報戦によって、
死刑に処せられました。
その日本兵が遺した精神を、世界は記憶すべきです。


以下、アメブロで削除処分された野田少尉の遺書を再度掲載します。
南京攻略の際に百人斬りをしたという冤罪で中国 雨花台にて銃殺刑(1948年1月28日)
----- 野田毅少尉の遺した言葉 (35歳、鹿児島県出身)-----
~死刑宣告後に書き残した遺文「日本国民に告ぐ」1947年12月28日~
私はかつて新聞紙上に向井敏明と百人斬競争をやったと云われる野田毅であります。
今般、中国の裁判に於いて俘虜住民を虐殺し、南京屠殺に関係ありと判定されましたことに就いては
私は断固無実を叫ぶものであります。
再言します。
私は南京に於いて百人斬りの屠殺をやったことはありません。
此の点、日本国民はどうか私を信じて頂きます。
たとえ私は死刑を執行されてもかまいません。
微々たる野田毅の生命一個位、日本にとっては問題ではありません。
ただし問題が一つ残ります。
日本国民が胸中に怨みを残すことです。
それは断じていけません。
私の死を以て今後
中日間の怨みや讐や仇を絶対に止めて頂きたいのです。
東洋の隣国がお互いに血を以て血を洗うが様なばかげたことのいけないことは
常識を以てしても解ります。
今後は恩讐を越えて誠心を以て中国と手を取り
東洋平和否世界平和に邁進して頂きたいです。
中国人も人間であり東洋人です。
吾々日本人が至誠を以てするなら、中国人にも解らない筈はありません。
至誠神に通ずると申します。
同じ東洋人たる日本人の血の叫びは必ず通じます。
西郷さんは「敬天愛人」と申しました。
何卒中国を愛して頂きます。
愛と至誠には国境はありません。
中国より死刑を宣告された私自身が身を捨てて中日提携の楔となり、
東洋平和の人柱となり、
何ら中国に対して怨みを抱かないと云う大愛の心境に達し得たことを以て、
日本国民もこれを諒とせられ、私の死を意義あらしめる様にして頂きたいのです。
猜疑あるところに、必ず戦争を誘発致します。
幸い日本は武器を捨てました。
武器は平和の道具でなかった事は
日本に敗戦を以て神が教示されたのです。
日本は世界平和の大道を進まんとするなら
武器による戦争以外の道を自ら発見し求めなければなりません。
之こそ今後日本に残された重大なる課題であります。
それは何でしょうか?
根本精神は『愛』と『至誠』です。
この2つの言葉を日本国民への餞(はなむけ)としてお贈りいたしまして
私のお詫びと、お別れの言葉と致します。
桜の愛
富士山の至誠
日本よ、覚醒せよ。
さらば、日本国民よ
日本男児の血の叫びを聞け
-----【遺言】-----1948年1月28日
「南京戦犯所の皆様、日本の皆様さようなら。
雨花台に散るとも、天を怨まず人を怨まず
日本の再建を祈ります。
万歳、万歳、万歳
我々は死刑を執行されて
雨花台に散りましても
貴国を 怨むものではありません。
我々の死が 中国と日本の 楔となり、
両国の提携となり、 東洋平和の 人柱となり、
ひいては
世界平和が到来することを 喜ぶものであります。
何卒、我々の死を 犬死、徒死 たらしめない様、
これだけを 祈願いたします。
中国万歳、日本万歳、天皇陛下万歳」
----- ----- (遺書、ココ迄)----- -----

日本の強さの秘訣は
①洗脳にも動じない大義に生きる武士道精神
②分断にも屈しない和の団結精神
③侵略にも怯まない死を恐れない特攻精神
(助け合い主義 第一章より)

