腰が先に辞表を出していた
あの頃、本当にいつこの場所から抜けられるんだろうって思っていた。
以前に比べるとさ、仕事場の空気に飲み込まれることも、上司の機嫌に振り回されることも減って、まだ職場にはいきやすくなったな。って思ってた。
それ以前の私は、人の機嫌は人のものじゃなくて、自分がなんとかしなくちゃいけない。
仕事のトラブルや人の不足、うまくいかないことを、社員でもないのに必死になってなんとかしようと思っていた。そして、そこで評価を得たいって思っていたのね。
原点が評価を得たいだから、一生懸命やって評価を得るために動いていたって言っても過言じゃない。評価を得るために仕事してた。それがもう今考えると全然違うんだけど・・・
どんなに頑張っても評価も得られないし、なんなら、人前で他者から得た評価を上司に否定されるし、評価を得られないどころか、放置している、やったことすら無かったことにされるということが続いた(今考えるとと、『いい加減早く気がつけよ!!ここで評価を得る努力をする時間は、もっと自分の人生のためにつかえーー」と言われていたことには気が付いてなかった)
環境をよくしなくちゃとか、職場の空気をよくしなくちゃとも思っていた。(それは家でも同じことが言えるんだけど)
でもさ、私、そんな人生送りたく無かったわけ。
誰かの機嫌を取り続けた。
自分の機嫌なんて自分でなんとなせーや。人に当たるなよ。
と思っているのにも関わらず、自分ごとにして、なんとかしようとしているから、心と体にひずみがでてくるのは当然の話。
で、私はどんな人生を生きたいのかをタフティを読んで、「演じる」ことで実行していくと、だんだん人の感情が、通行人の話とか、たまたま飲食店で隣の席になった人の会話のようになり始めて、感情は背負わなくなっていった。
無理な出勤とか、人が足りない時のフォローとか、明らかに人が足りないのに、その人数でなんとかしようと考えるとか、全部やめていったら、すっごい楽になったと思っていたある日。
腰が辞表を提出しました笑
朝出勤前にくしゃみをしたら、お尻がびきってなり動けなくなった。激痛。
前屈ができない。
伸びもできない。
でもさ、その日は人がいないのわかってたから出勤はした。したけど、荷物も持てないし、できない作業が8割。
誰かに頼まなくちゃいけないし、そもそも自分のことも満足にできないのだから人のフォローなんてできやしない。
あーーーー。って思ったんだけど、意外となんとかなるもので。
そして周りの人も優しくてさ、仕事頑張らなくても、なんとかなっちゃったんです。
ぎっくり尻は、痛みの場所を移動させながら、2週間程度は続いたんだけどね。
これはもうこの仕事はできんよって、あんたわかってるんやろ。それなのに、なんで頑張るんよ。
頑張るのやめたらええやんって、腰が、私が頑張ることに対して、辞表を提出してきたんだなっておもったよ
頭よりも、心よりも先に、体が三行半ですよ。
その日から、少しづつ、休みを増やしていって、仕事を抜けたのはもう数年前の話。
体と心は繋がっているというけれど、自分をまだ大切にできてないよっていう、わたしからのサインだったんだね。
