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今世出会う人たちすべてがソウルメイト|創作大賞2026|エッセイ部門

退行催眠療法を受けるきっかけ

私が退行催眠療法を受けようと決意したのは、SNSで知り合った男性がきっかけだった。彼の投稿に返信したことで会話するようになった。顔を合わせたことは一度もない。それなのに、ある日を境に、彼が何かを思った瞬間、その「声」が頭の中に聞こえ、どんな状況でそれを思ったかという「映像」まで見えるようになった。そんな体験は初めてだった。

そうしたら、霊存在を感じるようになり、自分の部屋に浮遊霊が出入りしていることに気づいたり、初詣に行ったその日の夜に、参拝した神社の神様が私のところにきて、私の住まいを除霊して帰る様子が見えた。SNSで知り合った男性のご先祖様一同が私のところに現れたこともあった。深緑色の龍や天狗も私の部屋に現れた。

また、スピリチュアルについて物凄く勉強させられた。この動画の次はこれ、というように見えない存在から教材を次々と与えられる。私は元々スピリチュアルに興味があったが、ある時から敢えて距離を取っていた。その期間に業界でどういう概念が流行してきたかを強制的に学ばされた。

未来に飛ばされることも何回かあった。意識だけ飛ばされたり、自分だけパラレル空間に飛ばされて、乗っている電車がいつまでも目的地に着かないこともあった。

これらのことは、不思議だし、面白いと楽しんでいたが、やがて日常生活に支障が出るようになった。また、四六時中、彼に関する情報が入ってくるのも生活に支障があるし、彼のことをいろいろ知るようになると、彼と自分は合わないと感じるようになっていった。さらには、私は体調が悪化していき、床に臥せている時間が次第に増えていったため、彼との関係を切ろうと決意し、SNSのアカウントを閉じた。

すると彼が「あの女は何があっても俺から離れていかない」と友人たちに豪語している様子が見えた。

距離を置こうと決めたのに、それでも四六時中、彼のことを考えてしまう。執着を断ち切るセミナーに参加したり、占い師で縁切りができるという人に会ったり、縁切りで知られる神社にも足を運んだ。それでも変わらなかった。

そんなとき、私はある本を思い出した。精神科医ブライアン・ワイス博士の『前世療法』、そしてシャーリー・マクレーンの『アウト・オン・ア・リム』。もしかしたら、彼は過去生で縁のある「魂の宿題を共に解く相手」「カルマメイト」なのではないか。カルマを解消すれば、この執着から解放されるのではないか。そのカルマとは何だろうか。

私は退行催眠療法を受けることにした。




最初のセッション―断片的な映像

退行催眠療法を一度受ければ、解消すべきカルマの場面が見えると思っていた私は、肩透かしを受けた。断片的な映像はいろいろ見えるが、問題の核心となるようなものは見えない。

初めは、ギリシャの水中にある大理石の遺跡を水中で見ている私。その次は、霧状の肉体を持つ宇宙人。その次は、村の端に立つ大きな木である
自分。

彼の家にある家具の上に高さ八センチ位の小瓶があり、その小瓶の中に私が閉じ込められている映像が見えたときに、心理療法士の具合が悪くなってしまったため、セッションの開始30分で中断した。彼が私を離すものかと思う念が強すぎて、やられてしまったという。

私が入れられていたガラスの小瓶は、
広口試薬瓶またはメディシン・ボトルというらしい。 *1


三回目のセッション

私は別の心理療法士を探さねばならなくなった。心理療法士よりお祓いが
できる神主か霊能者を探した方がよいのだろうか。

別の退行催眠療法ができる心理療法士が見つかったので、この人との
セッションで成果が得られなければ諦めようと決意して、三回目の
セッションに挑んだ。

退行催眠に入って直ぐに映像が見えた。オランダのようだ。私は男性だった。

両親は温厚で理知的で、私が何か相談すると、いつも的確な回答をもらえた。その理性的で穏やかな両親のもとで私は育ち、親が決めた相手と結婚し、子供もいた。恵まれた環境だった。妻とはあまり話をしなかった。嫌いなわけではないが、親が決めた相手であり、特に思い入れがなかっただけだ。

仕事は貿易統計官。船が運ぶ荷の量、港に集まる税収。そうしたデータを
集計し、王様に報告する仕事だった。王様は非常に理知的で、数字に強く、教養の高い人だった。私がデータを提出すると、王様は一目でその意味を
把握し、分析できた。そのため、今までのデータとズレがあると、今回提出したデータが正しいのか確認するよう指示された。私は提出前に十分点検するようになった。

私の部下が港に駐在し、船主から受けた報告が正しいか点検した上でデータを書き込み、私に送ってくる。港に駐在している部下が船主から袖の下をもらって私腹を肥やしていないか点検する担当の部下もいたが、時々、自ら
抜き打ち検査や偵察に行くこともあった。

そのため、データ集計自体はたいしたことがなくても、その点検や精査に
時間がかかった。期限内に終わらせるために職場に泊まることも多かった。私は四畳半ほどの自分専用の執務室があったので、そこに長椅子を置き、
徹夜で仕事をするときは、その長椅子で仮眠を取っていた。

港には船体が真っ黒で細身の船が八隻以上岸に停泊していた。 *2


当時、ヨーロッパ諸国はハプスブルク家の植民地のような状態だった。ハプスブルク家が結婚により姻戚関係になると、その子孫はハプスブルク家へ
富を献上する植民地の総督のような役割を果たした。その中で、オランダは宗教がローマ教皇の影響下にないプロテスタントであると主張し、ハプスブルク家の影響力を断ち切っていた。

そのため、ハプスブルク家が権力を取り戻そうと周辺諸国にいるハプスブルク家の王たちを使って攻撃を仕掛けてくるので、オランダは貿易による収益を非常に重視していた。貿易がもたらす収益は、国の独立を支える軍備の
命綱だった。そのため、貿易データには正確さが求められた。

王様は度重なる戦争や政変で心が疲弊していた。これを励まそうと、同僚が街中をオレンジ色で染めるイベントを思いついた。市民たちが王様を支持していることをオレンジ色の服を着たり、オレンジ色の布を軒先に掲げたり
することで表現したら、王様はきっと元気になるだろう。私はこれを同僚のゴマスリと感じたが、王様はこのイベントに感激し、オランダの恒例行事となった。

催眠を解いた後、心理療法士から「こんなに仕事の話ばかりをするクライアントは初めてです」と苦笑された。帰宅してからネットで調べたら、私が
退行催眠中に見た政治状況は歴史上の記録と一致していた。

オランダのキングスデー(Koningsdag) *3


オランダでの転生の続き

オランダでの転生が鍵なのかもしれないが、退行催眠療法を受けるきっかけとなった問題部分はまだ見えてこなかったため、私は再度、退行催眠療法を受けることにした。

退行催眠療法は、催眠の時間が一〜二時間。催眠の前後に心理療法士と話す時間があるため、全体で一回三〜四時間ほどかかる。催眠前は、今回の催眠療法の目的を心理療法士と決める時間で、セッション後は退行催眠での気づきを話す。 そのため、心理療法士のスケジュールを三〜四時間抑えること
から、当然料金は高くなる。催眠療法で得た情報を振り返って頭で整理する時間も必要だ。心理療法士のスケジュールの都合もある。そのため、
セッションは一番速いペースでも一か月に一度となる。


次の退行催眠療法のセッションでは、またオランダでの生活が見えた。

私は王宮で仕事をしていて、必要に応じて港にまで直接様子を見に行く
など、多忙な日々を送っていた。王宮の中には、王様の生活スペースや
宴会場、ダンスホールなどがあり、王様に仕える者たちの執務スペースも
あった。

そんなある日、王宮内の事務所で仕事をしていたところ、武装した男たちが突然押し入ってきた。男たちが押し入ったのは私個人の執務室ではなく、
何名かで合同作業を行う執務室で、十二名ほどが働いていた。一階の執務室で中庭に面していたため、その中庭へ出る扉から侵入してきたのだった。
突然の乱入に驚いて逃げようとしたが、逃げる間もなく、私の目の前で同僚三名か四名が捕らえられ連れ去られた。しかし私は無事だった。


そのまま次の場面が見える。
別の日、王様に仕える仲間と集まり、オランダは今後どうしていくべきかを話し合っていた。私はそのような私的活動や政治活動には関わりたくなかったが、彼らは幼馴染だったため断ることができず、参加はしたものの、敢えて遅刻して行った。

私が到着したときには議論はすでに白熱していた。私が上着を脱いで席に
ついて間もなく、その会議室に警察が突入してきた。

会議室は建物の通用口の隣にある突き出た小部屋で、二方向から中を覗く
ことができる構造だった。そのため、侵入しやすかったのだろう。私は何が起きたのか分からなかったが、会議室にいた六名か八名の男たち全員が逮捕された。皆、良家の子息たちだったので、当時高価だった絹の白いブラウスを着ていた。上着は会議室に置いたまま、ブラウス一枚で連行された。

屋根も座席もない荷車へ移動する途中、警察官に「早くしろ」と両手を縛られた状態で後ろから強く押されたため、広場の石畳に右膝を強打した。強打した部分が腫れ上がり熱が出たが、牢屋では治療されることも患部を冷やす処置も当然されなかった。熱が引いた後に障害が残り、私は足に体重をかけることができなくなった。

今世で私はスポーツで右膝を床に強打してしまい、半月板と靭帯の損傷と
診断された。これは過去生の傷を身体が覚えているために、今世でも再現しようとしたのかもしれない。

ヨースト=コルネリス・ドローホスロート(1625) *4
「1618年7月31日ユトレヒトにてマウリッツ王子による市民軍の解散」


厳しい取り締まりの末、私は統計官に過ぎず、政策決定には一切携わって
いなかったと判断され、釈放された。しかし妻子や両親に害が及ぶことを
恐れ、私は自宅にも故郷にも帰ることができなかった。それで広場から少し入った路地で、目立たぬように地べたに座って過ごしていた。

私は突然、家族も財産も住む家すらも失い、歩くことさえ不自由で、肉体
労働でお金を稼ぐことができなくなった。これからどうしていけばよいのだろうか。私の妻子はどうやって生きていくのだろうか。私の両親は配慮が
あり、親切な人だから、彼らが助けてくれるだろう。

そんなことを考えながら、毎日路地の石畳の上に座って過ごしていた。石畳は雨が降っても泥沼にならないのはありがたいが、冬は氷のように冷え、
夏は熱した鉄板のように熱かった。そのようにして飲まず食わずの生活を
続けている中、あるとき、急に座っていることすらできなくなった。全身が火照り、息苦しく、上手く息ができない。熱射病だった。街には木陰がないため、日中、日が高いときは建物の影がなくなり、石畳の日の当たるところは手で触れれば火傷しそうなほど熱かった。私は建物に寄りかかっていた
姿勢から崩れ落ちて倒れ、そこから先の記憶がなくなった。

女性との出会い

目が覚めると、私はベッドに寝かされていた。天井が見えた。女性が私の
顔を覗き込み、「気がついた?」と言うと、彼女は微笑を浮かべた。
一週間、高熱でうなされていたらしい。

部屋はがらんとして何もなかった。この部屋は建物の二階で、一階は裁縫の作業場、三階は倉庫だった。窓の反対側に暖炉があり、この暖炉で煮炊きもしているようだ。当時の私はそれを当然のこととして受け入れていたが、
催眠の中でその光景を見ている現在の私は、「木製の床の上に暖炉を置いても火事にならないのだろうか」と、不思議に感じた。

窓と暖炉の間には四人掛けの木のテーブルと椅子があり、椅子はなぜか二脚しかなかった。彼女には五歳くらいの息子がいた。夫の姿はなかった。未亡人なのだろうか。

朝、私が椅子に座ると、彼女は黙って暖炉に吊り下げられた大鍋で作った
スープのようなものを皿に入れ、私の目の前に黙って差し出した。私は何も言わずに食べた。彼女は食べ終えた食器を片づけると、どこかへ出かけた。何時に戻るかは分からない。私の熱が下がり体調が戻っても、彼女は出ていけと言わなかったので、私はいつ出ていけと言われるかと怯えながらも、
余計なことを言わず黙って過ごした。

食事を終えると、私は椅子を窓辺に移した。私は正気を失い、抜け殻同然となっていたので、毎日、一日中、窓から外を眺めて過ごしていた。窓には
はめ殺しの窓ガラスが入っていて、ガラスは分厚いが、外を見ることはできた。窓の左手下には市場の一部が見え、市場で働く人々や広場を歩く人々を毎日眺めていた。

フェルメール(1657)「牛乳を注ぐ女」 *5


彼女は、路地に座っている浮浪者の中に、一人だけ白い絹のシャツを着ている男がいたので気になったらしい。絹を着ているのに浮浪者ということは
訳ありなのだろう。顔を見たら汚れているけれど端正な顔立ちだなと思い、毎日移動している私を探しては観察していたらしい。そのため、私の異変にすぐ気づくことができたようだ。それでも浮浪者を自宅に入れることは躊躇しただろうに、彼女はそうした恩着せがましいことを一切言わなかった。
彼女を訪ねてくる親族もなく、彼女は孤独だった。未婚の母なのだろうか。

私も彼女に何も語らなかった。過去を話せば、彼女を危険に巻き込む。私は四十歳に近く、当時としては初老まではいかないが立派なおじさん。一方、彼女は二十代前半。おじさんがうら若いシングルマザーに言い寄るなどとは、思いつきもしなかった。

彼女の性格と私の再生

彼女には少し意地の悪いところがあった。自分は若くて美しいという自覚があった。敢えて私を誘惑するようなことをしては、指一本触れさせないという遊びを時々仕掛けてきた。彼女はそうすれば私が苦しむだろうと信じていた。しかし私は、雨露をしのげて警察の目を逃れられるこの生活がとても
大切で、誰かと関係を持つ気力もなかった。心を閉ざしたまま、深い悲しみが胸に沈んでいた。

彼女の息子は成長するにつれ、私に教養があることに気づいた。それとなく私に質問をして私の能力を測りながら、少しずつ学問を学んでいった。気持ちが沈んでいた私も、彼女の息子のおかげで少しずつ人間性を取り戻し、
自分の能力にも自信を取り戻していった。そうやって彼女の息子は、私に
家族愛や家族と過ごす幸せを教えてくれた。

死の直前の場面と天上での評価

退行催眠では、そこから急に私が亡くなる直前へ場面が移った。
私は彼女の息子夫婦とその子供たちと同居し、家族のように生活していた。しかし、彼女の姿はなかった。彼女はどこへ行ったのだろうか。

私は彼女の息子一家に看取られ、まっすぐ天へ昇っていき、雲の上へ辿り
着いた。 そこでは仲間や天使たちが拍手喝采で私を迎えてくれた。
「あなたの今回の転生での課題は、家族愛に目覚め、家族と温かい関係を
築くことでした。よくクリアしましたね!」
私は、居候させてくれた女性とその息子のおかげで、その転生での課題を
クリアできたのだった。

退行催眠でこの場面をわざわざ見せられたのは、それが今世でも引き続き
私の大きな課題だからだろう。私の魂の傾向性として、仕事や自己実現に
夢中になるあまり、身近な人の献身に気づきにくかったり、家族関係から
得る愛を軽視するところがあることを指摘し、今世の課題でもあることを
教えてくれたように感じた。


彼女の息子との魂の縁

彼女の息子だった人は、今世では高校時代の同級生だった台湾人男性だと
気づいた。彼は転入生だった私のお世話係を、他の台湾人女学生二名と共に先生から頼まれたとき、快く引き受けてくれた人だった。

以前、映画館でエンドロールを見ていたとき、突然映像が見えたことがあった。生まれる前の私は、どうしても日本に生まれる必要があり、日本に生まれたかった。しかし、日本に生まれる権利を私に譲ってくれる人がどうしても見つからなかったとき、「私の日本に生まれる権利をあなたに譲っても
いいですよ」と言ってくれた人がいた。それが、その台湾人男性の同級生という場面だった。

台湾人の彼は漫画家になりたかったが、台湾に生まれたため漫画家になるのが非常に難しかった。生まれる前の彼はそうなることをある程度予想して
いただろうに、それでも私へ日本に生まれる権利を譲ってくれたのだ。私は三十分以上、涙が止まらなかった。なぜ彼はそこまでの犠牲を払ったのかというと、過去生で私に大変お世話になったと思っていたからだと、今回の
退行催眠で分かった。私は大したことを彼にしてあげていないのに、彼は
自分の転生を犠牲にしてまで私を助けてくれた。その深い愛に、私の涙は
止まらなかった。

浮浪者を救った女性の「今世の姿」

浮浪者だった私の面倒を見てくれた女性は、今世では私がSNSで知り合った、あの彼だった。

オランダ時代の私は、世間知らずゆえに彼女への感謝が足りず、また、彼女の献身的な気持ちの後ろにある私への恋心に気づかず、私は自分のことで
頭がいっぱいだった。その冷淡さが彼女の心を深く傷つけ、時々、私に意地悪をせずにはいられなかったのかもしれない。

そして、私が健康を害した原因は、今世の彼が私から何かを得たい、私を
独占したいと感じていることとが退行催眠で透明のガラスの小瓶に私を閉じ込めている映像から明らかになった。オランダでの過去生において、自分の献身に見合う見返りが欲しかった、私に愛されたかった、私から大切にしてもらいたかった、という怨念を今でも持ち続けていて、今世まで私を追いかけてきたようだった。その強い念が生霊となって、私の健康だけでなく、私に退行催眠療法をした一人目の心理療法士まで体調を崩し、息絶え絶えにさせるほどだった。

それほどまでの怨念を持っているのだから、私が今世で彼の仕事に助言し、成功を支えてしまう関係になったのは、カルマの法則「自分が与えられた分だけ、誰かに与えなければならない」を果たすためなのだろう。過去生を
忘れてしまっている今世の私にとっては不本意だったが、彼が一方的に得する関係だったことが彼の心を少し柔らかくし、彼は周りの人に少し親切に
なったのは、よかったと言える。私が彼に付けた傷を少し癒せたのだろう。

すべての出会いは「ソウルメイト」

彼のことが遠隔で見えたり、聞こえたりするようになったのは、
「彼に注目せよ」「彼はあなたにとって特別な人だ」という宇宙からの
メッセージだったのかもしれない。

退行催眠療法を受けてから、少しずつ彼のことが見えたり聞こえたりすることが減っていった。それと同時に、浮遊霊、龍、天狗などは見えなくなっていった。未来へ飛ばされることもなくなった。

退行催眠では、単に自分が問題と感じる場面を見せられるだけで、それを
どう解釈するかは、自分に委ねられる。もちろん退行催眠療法をしてくれた心理療法士も一緒に考えてくれるが、その時間はわずか三十分。深く掘り
下げる作業は、自分ひとりで行わなければならない。退行催眠療法を
受ければ、即、問題が解決すると考えていた私は、少しがっかりした。

しかし、本来はそういうヒントなしで、今回の転生の課題は何かを自分で
探り当てて解決していくのが、この転生輪廻の仕組み。退行催眠は問題を
解くヒントを特別にもらう行為であるから、問題の詳細や解決方法までは
教えてもらえなくても仕方がないのだろう。


知識では知っていた「心を揺さぶる相手は過去生で縁がある」を
今回の退行催眠療法を通じて体感できたのは大きな学びだった。

そして、課題、つまり、カルマがある相手とは、どのような形を取ろうとも知り合って、その課題に取り組むように宇宙が取り計らってくれるところが面白いと感じた。SNSで出会って顔も知らないのに「この人とは縁がある」とお互いに気づくのも面白い。「この世の出会いは神仕組みによる」というが、神様の計らいによって、必要な人と出会うようになっていると実感した。

ソウルメイトとは、人生で出会う縁ある人々のことをいう。
「過去生の縁ある人たちと今世でも親しい人として出会う」ということは、「今世、新しく知り合った人とも未来の転生で会う」ということ。
今世出会う人たちすべてがソウルメイト。
そのソウルメイトをできるだけ大切にしていこうと思った。


#創作大賞2026   #エッセイ部門

画像出典:
サムネイル…ヨースト=コルネリス・ドローホスロート(Joost-Cornelisz Droogsloot)「ハーグ・ビネンホフから馬で去るオレンジ公とその一族(The Princes of Orange and their Families on Horseback, Riding Out from The Buitenhof, The Hague)」(部分)、 1621年 -1622年、油彩、カンバス、144.6 x 214 cm、アムステルダム国立美術館所蔵(Rijksmuseum, Amsterdam)所蔵、アクセス日 2026年7月1日、https://www.mauritshuis.nl/ontdek-collectie/kunstwerken/546-de-prinsen-van-oranje-met-familieleden-te-paard-uitrijdend-vanaf-het-buitenhof-den-haag

*1…ポッシュリビング「メディシンボトル」株式会社MonotaRO(モノタロウ)、アクセス日 2026年7月1日、https://www.monotaro.com/g/03037169/

*2…アダム・ウィラールツ(Adam Willaerts)「1607年4月25日オランダとスペイン艦隊の間で行われた、ジブラルタルの戦い(The Battle of Gibraltar, Between the Dutch and Spanish Fleets, 25th April 1607)」1617年、油彩、カンバス、 78.3 x121.5 cm、スペイン・プラド美術館所蔵、アクセス日 2026年7月2日、https://www.museodelprado.es/en/the-collection/art-work/battle-of-gibraltar-25-april-1607/f97f254d-4486-4ea7-a12b-d9b9abf5d499?searchid=ff76b4bd-b246-29cd-c3b5-0ecb32d769c6

*3…ALa Bro「King’s Day (Koningsdag) in Den Haag」facebook、
投稿日 2026年4月27日、アクセス日 2026年7月2日、https://www.facebook.com/61560517765247/posts/-orange-fever-in-the-royal-city-experience-the-ultimate-kings-day-koningsdag-in-/122206910924350592/

*4…ヨースト=コルネリス・ドローホスロート(Joost-Cornelisz Droogsloot)「1618年7月31日ノイデ広場にて市民軍の解散を行うマウリッツ王子(Prince Maurits Disbanding the Waardgelders on the Neude in Utrecht on 31 July 1618)」1629年、油彩、カンバス、98x143 cm、ユトレヒト中央美術館(Centraal Museum, Utrecht)所蔵、アクセス日 2026年7月1日、https://www.pubhist.com/w69430

*5…ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer)「(The Milkmaid)」1658年、油彩、カンバス、45.5 x 41 cm、アムステルダム国立美術館所蔵(Rijksmuseum, Amsterdam)所蔵、アクセス日 2026年7月1日、https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Johannes_Vermeer_-_Het_melkmeisje_-_Google_Art_Project.jpg



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