元コールリーダーがサポーターが集まるバーを作った理由
初めまして。
セレッソ大阪の前コールリーダーのトキです。
現在はヤンマーハナサカスタジアムの側で
Bar Sakuraholicを経営しています。
コールリーダーだった僕がなぜサポーターが集まる空間を作るに至ったのかを語りたいと思います。
ホームタウン長居
僕がコールリーダーだった2007年〜2013年頃は長居の街にセレッソらしさがほとんど無かった。
商店街が少しセレッソ色を出していたのとケンタッキーのカーネルサンダースが試合日にユニフォームを着ていたくらい。
試合後にサポーター仲間達と長居の居酒屋に行くとスタッフがユニフォームを着て接客してくれる。しかし彼らはサッカーには興味がある訳ではない。
着てくれているだけでとてもありがたい事なんだけど長居の街にセレッソのホームタウンを感じる事はほとんど無かった。
スタジアムでの熱狂も悔しさも長居公園から一歩出ると試合なんてなかったかのような街並み。
都市部のクラブだから仕方ない部分も理解しながら長い間物足りなさを感じていた。
サポーター同士のつながりがクラブを大きくする
コールリーダーはメンタルがキツくなる事が結構多い。
なぜあのタイミングであのチャントを選択してしまったのか?
なぜスタンドを巻き込んでホームの空気を作る事ができなかったのか?
なぜ勝たせる事ができなかったのか?
試合後に選手やサポーターと言い合いになる事もあった。
誰よりも責任を背負っているつもりで応援しているのに逃げ出したくなる事もある。
そんな時に支えてくれたのが一緒に応援している仲間だったりスタジアムで声を掛けてくれるサポーターだった。この人達が居てくれなかったらとっくにその立場から逃げ出していたかも。もしかしたら今はスタジアムに行ってない人生もあったかも知れない。
チームが勝てないと観客動員も減る。
J2降格なんてしたら目も当てられない。
何年もスタジアムで見かけたサポーターが気が付けば居なくなっていることも多い。
もちろん進学や就職、結婚や出産等でスタジアムに通う事ができなくなった人もいっぱい居たと思う。でも何も言わずに消えていくのが本当に怖いし寂しかった。
ある程度近い関係の人は通えなくなる事情を知ってたと言うのもあるかも知れないが、スタジアムから急に居なくなるというのは比較的少なかったように感じる。
サッカーの90分だけを楽しんでいる人と比較して、サポーター同士の繋がりが深く、セレッソが生活の一部になっている人ほど成績に左右されずに永くサポーターを続けやすい。自分がそうであった様に。
いつかサポーターがつながることができる場所を作ろう。そう思ったのは2010年頃だったと思う。

惰性と堕落
その後2014年に現コールリーダーに代替わりする。依然としてトラメガを握って最前線で応援しながらのフリーター生活。周りの同世代が就職して数年経っている環境で、将来の経験の為にと自分に言い聞かせながら飲食のバイトと毎週末のセレッソの試合の日々。スタジアムに行けばそこにしかない熱狂があるし、サポーターたちとも楽しく過ごせる。バイト先も楽しく閉店後に飲み歩く日々。甘えた生活が心地良かった。
いつかはバーをやるとぼんやりとした夢は抱きながらも夢に向かって全力で進むほどのパワーを出せない。
そんな日々の中、熱さが暴走して出禁になってしまう。大好きなセレッソ大阪にもサポーターたちにも大きな迷惑をかけてしまった。J1に復帰する為の大切な時期をスタジアムで応援できない。後悔と反省の毎日。SNSなんて怖くて見れない。そんな状況なのに毎試合連絡をくれる仲間達。存在にどれほど救われた事か。セレッソとサポーター達は自分が居ないスタジアムでプレーオフを闘ってJ1復帰を勝ち取ってくれた。
自分の罪はセレッソに貢献する事で返さないと。夢に向けての重い腰が少し上がった。
決断と開店
2017年某日
肥後橋でセレッソサポーターに愛されているお好み焼き屋「CHANT」のマスター(現在はスタジアムの真横にあるサッカー関連の古本屋のF.C.OITOの店主)に飲みに誘われ、CHANTを畳む事を告げられた。
CHANTみたいにサポーターが集まる店を作りたいとずっと思っていた。
CHANTが作ってきた文化を絶やしてはいけない。
やるなら今しかない!決断してからは早かった。
不動産屋のセレッソサポーターを紹介してもらいいくつかの物件の中からひとつの物件に決めた。
長居のスナックビルの一室。フリーターの自分には精一杯の物件だった。カウンター6席と4人掛けのボックス席。店のロゴもデザイナーのサポーターが作ってくれた。
2017年10月1日オープン。長年の夢が叶った。
「Bar Sakuraholic」直訳すると桜中毒。実に自分らしい。
入りにくい作りの店なのに色々なの人たちが来てくれた。たくさんの出会いがあった。狭い店なので試合後は入店を断らないといけない事もあった。サッカーを語り合う事ができる最高の秘密基地を手に入れた。お客さん同士がつながってくれる事がこんなに幸せだとは思わなかった。ここで繋がれた人はいまだに繋がっている人がほとんど。
オープンした年に初タイトルを含めた二冠を獲れたことも何かの縁かも。


スタジアムの側へ移転
最高に楽しい場所だったのは間違いないけど、キャパシティ的にも限界がある中で急に訪れたコロナ禍。
営業の自粛と時短営業を繰り返しながら開店3周年を迎える頃にスタジアム近くの物件が空いていたと教えてもらう。
イングランドでフットボールとパブの密接な文化を体験してからスタジアムの近くで店をやりたいと思っていた僕には朗報だった。
翌日には内見させてもらい仮押さえしてもらう。
返答期限は1週間後。
憧れていたスタジアム近辺の路面店。
初期費用もかかるし家賃も今までの数倍。スタッフも雇う事になる。正直不安はたくさんあるがこのチャンスを逃すわけにはいかない。
大きな決断をするしかない。
仲間達の協力もあって引っ越し完了。
シーズン中だったのでとりあえず試合日にオープンできる様に間に合わせた。


店が広くなり難しくなった事もたくさんあった。素晴らしいスタッフに恵まれて本当に良かった。
試合前からたくさんの人が集まり、試合後は勝てばワイワイ飲んで負ければやけ酒でセレッソを共有できる。お客さんも増えサポーター同士がつながる機会も圧倒的に増えた。
この店で出会ったサポーター同士で遠征に行ったり一緒に試合を見たりしてくれるのが嬉しい。
店で出会って結婚したサポーターも3組いる。
サクラホリックはお酒を楽しむだけじゃない。
サポーターがより深く繋がる事のできるコミュニティスペースだ。
文化を作るために
Jリーグやセレッソが発足して30数年。
日本代表はW杯常連になり強くなった。
Jリーグだけでも60クラブに増え、60クラブの各々にサポーターの居場所や喜怒哀楽がある。
サッカー先進国の規模や歴史・文化には追いつけていないが、いつかJリーグが世界中のサッカー選手が憧れるリーグになって欲しいと思う。
セレッソで活躍したいと思う様なクラブになって欲しいと思う。
自分が生きている間に達成するのは難しいかもしれないが幸いにも黎明期の30年に関われている。
文化は放っておいても時代と共に醸成されるけれど、そこに少しのスパイスを加えられれば良い。以前とはサポーターとしての役割も変わったが、だからこそできる事をやっていこうと思う。
サポーターを増やす手助けをする
サポーターの輪を広げる
試合日1日を楽しめる場所にする
サッカー文化の醸成に力を注ぐ
サクラマンカイバルやセレッソサポーターによるセレッソサポーターの為の音楽イベント「SAKURA KICKOFF PARTY」のような多くの人が楽しめるイベントをもっと企画したい。
そこから何かが生まれることを期待して。

最後に
初めてのサクホリは入りづらかったと言われる事がよくある。
今この記事を見てくれている方の中にも気になるけどまだ行けてない方もいるかもしれない。
試合前後の雰囲気を楽しみたい方は試合日にお越しください。沢山のサポーターとの時間を共有できるはず。
試合日のガヤガヤした空間が苦手な方は平日にお越しください。ゆっくりサッカーについて語りましょう。
アウェイサポーターの方もお越しください。試合前は楽しく飲んで試合中はバチバチやり合いましょう。
お酒が飲めない方もソフトドリンクやノンアルコールカクテルを用意しています。
この記事を読んで少しでもBar Sakuraholicに興味を持ってくれたら嬉しいです。


