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🇦🇺「キッチン撤去の挫折から奇跡の完売へ!海外で挑む私の寿司ロール起業ストーリー」

お料理が大好きだ。

マインドフルネストレーナーと
並行しながら続けている、私の
クッキングビジネスの挫折から
学んだ生き方をまとめました。

中学になると母は、私にお米を洗うことを教えた。生きていくのに、日本人ならばおいしいご飯を炊くのは基本と当時の母は、思っていたはず。

学校から帰ると洗米する、楽しかった、真っ白な水が少しずつ透明になっていく。

でも真冬はサボりたくなる。手がジンジンして水の冷たさが身体にも伝わる、なかなか水が透き通らない。止めたくなった。

それが私のキッチンに立つきっかけとなる。

20代には料理学校に通い、年末の家でのおせち料理作り担当は毎年、私。

お金を預かり→買い物→おせち料理→片付けで年を越す。誰からも咎められないキッチンに立っての作業の時間。集中できて、ただ楽しかった。

時は流れ今から3年ほど前に、日本人が少ないこの街で日本料理を紹介したくなる。

友人のヘルプでスポーツクラブのキッチンを借りれることに。スポーツイベントの時に寿司ロールを売ることになる。

ビジネスの構想で

私の初めてのビジネスがスタートするはずだった。でも私自身が食品衛生士の資格が必要ということが判明。

数週間勉強して資格を取り、いよいよスタート、市町村の食品衛生部にも挨拶に。冬の数カ月1週間に一度のスポーツイベントの売店でおいてもらうことに。

友人のパーティー用に

スタートして2年目の冬、施設のキッチンのレンタル中止へ。そのタイミングで友人宅の空き倉庫をレンタルしてもらうことに。

改装中の倉庫

改装工事をやり、キッチンがスタートした。
キッチン横の庭には野菜やハーブも作り、いずれはオーガニックでクッキングを目指した。

法律が厳しくなり食品衛生士に加えて食品衛生主任の資格取得が必要となる。

再勉強後に、取得。
ビジネスも順調に延びるはずだった。

そんな時に、知り合いからキッチン(空き倉庫)を返して欲しいと。3年目のシーズンが終わるタイミングで言われた。

しばらくは使わせてもらえるはずだったから改装もしたのに。オーナーは改装したキッチンを自分が使いたいとのこと。

えっ、毎日、泣き明かした。改築に費やしたお金と時間。なにより私の目の前の夢が崩れていく。

レシピや材料を書いたノート
Sushi dreamも、夢が消えた瞬間


撤収できるものをすべて運び出す。
もう、お料理は止めよう。今年、4年目の冬はないだろうと思った。

2足わらじは、もうない、そう思っていたある日のこと。スポーツイベントの主催者から今年もお寿司をお願いしたいと連絡が入る。

知り合いのキッチンが使えない今、私には市町村からapproveされたキッチンがない。

以前ボランティアで何度かお世話になったコミュニティセンターを思い出した。彼らのビルには完備したキッチンがある。ダメ元で話をすると、なんと借りれることに。

町でも一番使いやすいキッチンでいつかは借りたいと思っていた場所だった。

そして1年で一番大きなイベントでいままでにない大きな注文が入った。

機械が作るお寿司ではなく、私が長い経験と美味しいものを食べてもらいたい想いを巻いた寿司ロール、この日は夜中から作り始めた120巻はお昼前に完売したそうだ。

イベントページに宣伝まで

このお寿司を食べるためにイベントに来たと言う人、日本人が作るプロの寿司ロールで美味しかったと噂は広まっていたようだった。

山あり谷あり
谷で諦めていたら
この完売には出会えなかった
私のマイストーリー

母から学んだ、お米を洗うことが私のサクセスストーリーになったのだ。

読んでくださりありがとうございます。これからも地道にマイストーリーを作っていきたいです。

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南空桜 ASAMI | マインドフルネス×心の調律師 あなたの「いいね」が私の創作エネルギーです。記事が心に響いたら、小さなチップでその想いを伝えていただけませんか?一杯のコーヒーほどの応援が、次の一歩を踏み出す勇気になります。あなたと共に歩む創作の旅を、これからも大切にしていきたいです。