みんなのものに、なるということ
社内のどこかに、たいてい、そういうものがある。
誰もが使っている、便利なナレッジ。手順書でも、まとめでも、ツールでもいい。困ったときに、開けば、答えがある。もう、業務に、溶け込んでいる。──そして、それを最初に作ったのが誰か、もう、誰も知らない。
一人から、始まっている
そういうものは、たいてい、一人から始まっている。
誰かが、自分の仕事のために、必要に迫られて、作った。命令されたわけではない。予算がついたわけでもない。ただ、目の前の面倒を、片付けたかった。それだけの理由で、一人で、始めた。
その頃は、それは、完全に、その人のものだった。何を載せ、どう並べ、何を捨てるか。すべて、その一人の頭の中にある基準で、決まっていた。作った人の意図と、その中身が、寸分の隙間もなく、一致していた。
みんなのものに、なっていく
役に立つものは、使われる。
一人が使い、隣の人が使い、部署が使う。「これ、便利だね」と、広まっていく。使う人が増えれば、要望も増える。「ここも足してほしい」「この項目が分かりにくい」。手が入る。項目が増える。いつのまにか、最初の何倍もの大きさに、なっている。
これは、成功だ。一人の道具が、みんなの道具になった。作った人がいなくても、回るようになった。──立ち上げた者が、望んだ通りの結末のはずだ。
けれど、その過程で、静かに、一つのことが起きている。
使う人が増えるほど、それは、作った人の手を、離れていく。みんなが手を入れ、みんなが使い、みんなの解釈が積もる。もう、最初の一人の頭の中の基準では、ない。──それは、みんなのものに、なった。みんなのものになったということは、もう、誰か一人のものでは、ないということだ。
水源は、忘れられる
そして、完璧に馴染んだものほど、その始まりは、忘れられる。
毎日、当たり前に使われる。当たり前になったものを、人は、意識しない。蛇口をひねって水が出ることに、誰も感謝しないように。──よく機能しているものほど、透明になる。透明になったものの、水源を、遡る人はいない。
いま、それを使っている人たちは、たぶん、こう思っている。「これは、昔から、あった」。誰かが、ある日、一人で、これを始めた、とは、思わない。最初から、そこに、あったかのように、使う。
成果は、残った。作った人だけが、消えた。
これを、悪いことだと、言いたいのではない。むしろ、これは、良いものが辿る、自然な道だ。一人のものが、みんなのものになり、みんなのものは、始まりを、忘れる。──独り立ち、とでも呼ぶべきものだ。子が、親の顔を思い出さずに、自分の生活を送るように。それは、健やかなことでも、ある。
二つの、道がある
ここに、一人で何かを始めた者にとって、答えの出ない、分かれ道がある。
一つは、名を、残す道。
作ったものに、自分がいた痕跡を、刻んでおく。片隅に、日付と、名前を。──これは、功名心と、呼ばれるかもしれない。手放したものに、まだ、名札をつけている、と。潔くない、と。それでも、残す。透明に、なりきらないために。誰かが、いつか、水源を遡ったとき、そこに、名前が、あるように。
もう一つは、独り立ちとして、見送る道。
名も求めず、送り出す。それが、みんなのものになったなら、それでいい、と。作った自分のことは、忘れられて、構わない。──潔い。美しい。けれど、その先で、自分は、確かに、消える。誰にも、覚えられないまま。始まりが、あったことすら、なかったことに、なる。
名を残せば、潔さを、失う。
見送れば、自分が、いたことを、失う。
どちらを選んでも、何かを、手放すことになる。そして、たぶん、どちらも、間違いではない。
もし、あなたが、いま、一人で、何かを始めているなら。それは、いつか、あなたを置いて、独り立ちする。あなたの手を離れ、あなたの名を、連れずに。
そのとき、あなたは、名を、残すだろうか。それとも、独り立ちとして、静かに、見送るだろうか。
──それだけは、いまの、あなたにしか、選べない。
数えられないものに、輪郭を。
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