母の葬儀の夜に流れた涙 「もう関係ないはずの痛み」と向き合って
笑顔でやり過ごしたはずの葬儀の出来事。
けれどその夜、こらえていた涙が止まりませんでした――。
今、母の百箇日法要を目前に、母が亡くなった時のことは、いまだに少し夢の中の出来事のようです。
正直、悲しみはそこまでじゃありませんでした。。。
私は母に対してできる限りのことをしてきたつもりです。
子どもの時も、大人になってからも、母が認知症になってからも。
だから後悔はありません。
亡くなってから執り行われるひと通りのことは、ただ儀式のように時が過ぎていく感じがしました。
そんな中で、
母の実の妹――つまり私にとっての叔母から、母への恨みつらみを聞かされました。
葬儀の場で。
叔母は、母が生前に私のことを自慢げに語っていたと言いました。
けれど、それは事実とは違うものでした。
どうやら母は、私を通して自分をよく見せたかったようなのです。
母らしい、といえば母らしい。
でも、そんな母の嘘の余波が、まさか自分に向かってくるとは思ってもみませんでした。
私は、母と叔母の関係には関わっていません。
ましてや、二人の確執を作ったわけでもありません。
それなのに、叔母の怒りの矛先が私に向いた時――
「ああ、私はこの家の中で“いつも誰かの感情の受け皿”にされてきたんだな」
そんな思いが、また胸の奥で静かに疼きました。
それでも私は言いました。
「嫌な思いをさせてしまって、ごめんなさいね」
「今度もし生まれてくるならば、絶対出会わないようにしてちょーだい」なんて笑いながら。
本当は、私が謝ることじゃない。
でも、その瞬間にできる精一杯の大人の対応が、それしか思い浮かばなかったのです。
笑顔を作って、頭を下げました。
心の中で、自分を必死に支えながら。
その夜、主人に一部始終を話しました。
話しているうちに、胸の奥から何かがほどけていくように涙があふれてきました。
実は、母が元気な頃、母の叔母(私の祖母の妹)が亡くなった時のお葬儀で、母は自分の従兄弟(母の叔母の息子)に、私が叔母から言われたようなことを言っていたのです。
このことは、生前元気な頃母自身から聞かされました。
ずいぶんひどいことも言われてきたから…。と。
「何でそんなことを・・・H君(母の従兄弟)関係ないじゃない。」
と私は言ってしまいました。
やはりいつものごとく逆ギレでしたが…。
でも、確かに、母が嫌な思いをしたであろうことを私も感じてはいました。
私が中学生の頃、私の祖母(母の叔母にとっては実の姉)が自宅で全介助の寝たきり生活で母が介護していました。
大変なことはかっているのに、
「わざと連絡をしないで行って、困らせてやる!」
と母の叔母が自分の娘(母の従妹)に話しているのを私は聞いてしまったのです。
それだけではなく、もっともっとひどいことを言われたりされたりしていたようです。(私も想像はつきますが…。)
だからと言って、親が亡くなった時に親への恨みつらみを一方的に言われた子どもはどんな気持ちになるか。
母も、叔母も考えられない姉妹なんですね。きっと。
お互い嫌っている(?)関係でしたがやっていることは同じじゃないですか。ということで笑っちゃいます。
私が話し終えると、主人は「一人でため込まないで話してくれて良かったよ」と言ってくれました。
そのやさしさに、救われました。
あの時流した涙は、
悲しみ?
怒り?
虚しさ?
それとも安堵?
いろんな思いが複雑に絡み合っていました。
そして “母との関係でずっと我慢してきた自分” をようやく慰めてあげられた、そんな涙でもあった気がします。
母が亡くなっても、親子の関係が解消されるわけではありません。
全てを許せるわけでもありません。
心の傷が癒えるわけでもありません。
亡くなったあとも、記憶や言葉や周囲の人を通して、
何度も何度も “心の整理” を迫られるのだと思います。
でも、あの日の涙で、少しだけ何かが変わりました。
「もう、誰かの感情を引き受けなくていい」
「もう、私が “代わりに謝る人” でいなくてもいい」
そう思えるようになったのです。
母の人生は母のもので、私の人生は私のもの。
その線を引くのに、ずいぶん時間がかかりました。
でも今は、あの夜の涙が、
私をさらに “自分の人生の側” へ連れ戻してくれたように感じています。
もし今、誰かの感情を背負いすぎて苦しくなっている方がいたら、
どうか思い出してほしいのです。
あなたは、誰かの代わりに謝るために生きているわけじゃない。
あなたの人生は、もう誰のものでもなく、あなた自身のものだから。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
余談です
田舎に今週末行きますが、熊が気になる。。。
