☆【小説】「龍と空色の歌」第28話【創作大賞2025応募】 028 〜GWSP(ゴールデンウィークスペシャル)
第二十八話 一九八九年
──研究室(一)柏木とレモカ
研究室の扉を開ける音がする。レモカだ。
宗教論のゼミが終わりレモカは手に抱えていた文献の紙束をテーブルに置いた。重たい。
ドドン──
「昔の文献から何がわかるんだい?」柏木はテーブルの上に質量のある紙束が置かれる音を雑音として捉え反応した。
「そうね、わかろうとすればわかるし、そうすることで見えることはあるわ。でも、読み取ろうとしなければ、ただのカミ屑ね」
レモカはいつもこんな調子だ。この宗教学者は何かと私に話しかけてくる。ぶっきらぼうだが、柏木とっては何かと指針めいた言葉が多く、柏木は心の中で密かに「崇高な収束単位」とレモカを呼んでいる。
柏木は「この世界」の現象として、非局在の写像として個々の人間が存在すると考えた上で、一人の人間を数学的に「収束」点と捉えている。発散してしまい収束しなければ写像は結ばない。つまりは実像を結ばない。
だが、ここには見事に収束した崇高なこの世界での存在がある。
「神、登場ですね」
「何を言っているのよ。あなたはずーっと座りぱなしで昨日も同じ感じだったけど。その白い箱からなにがわかるのかしら。ブラウン管が唸りっぱなし。寝るときにはテレビを止めたほうがいいわよ。あなたのテレビはどうやら砂嵐はやってこないみたいだけど」
「その言い回し、うまい嫌味だね。アメリカンコメディみたいだな」
「あら、テレビなんて見たことがあるの?」
いつもは反応の薄い柏木から意外にも話が続くことにレモカは驚いた。
レモカは感じ取っていた。柏木は二人いる。会話をしながらでも、コンピューターに向かって何かを作り上げようとしているのだ。寝ているのか起きているのか全くわからない。だが、何かに向かっている。今、会話をしているのは別の柏木だ。きっと。
「コーヒーもらってもいい?」
午前十一時過ぎにレモカはいつも柏木の研究室にコーヒーを飲みにやってくる。この研究室のコーヒーサーバーにはいつもコーヒーが沸いているのだ。
まるでロールプレイングゲームの山奥の泉の様にだ。
「どうぞ、さっき、アリサさんが淹れていった」
「そう、じゃあ、頂戴するわね」
いつもは黙って勝手に飲むくせに、今日は、なんだろう。いつも通りの様でもあるが何か違う。
柏木は集中できなくなった。
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