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フェミニストは「女性の損」の認識に異常をきたしていることが多い

 私のnoteのトップページに、「女性の損」をマトモに認識できていないにもかかわらず、「女性が損する社会の『当たり前』は当たり前なのか」などと大上段に言い募る以下の記事が、ポップアップしてきた。

 いや、先ほどの言い方は少し不正確である。「女性と比較した男性の損」を理解していないから、認識がおかしいのである。つまり、男性の置かれた状況を理解していない故に「女性ばかり損している」という訳だ。フェミニストのこういうゴミカス振りは、実際のデータに基づかず「フェミニズム物語由来の自分の印象」で語る姿勢から生じている。

 そして、本稿で直接批判する記事においては、基本的に質問者の考えに反しない方向でAIは回答を作成するという、AIの特徴を理解しないままAIの出力結果を盲信するという態度もまた、バカバカしい主張の一因となっているだろう。

 さて、Trgr / カラストラガラ | システム思考x倫理x英語論文挑戦中 | 季節限定フォロバ99%氏(※以後、カラストラガラ氏と省略)を典型としてフェミニストは、根本的なところで日本社会のかつての在り様および現状について十分に理解していないことがある。カラストラガラ氏が不足している理解とは、「男性とは異なって女性は保護対象である」というかつての(そして現在もなお続く)社会の風潮への理解である。

 この社会の風潮に関して、強者にとってみれば「社会の保護」はむしろ足枷であるだろう。保護は同時に制約となることが多いからだ。しかし、弱者にとってみれば、当然ながら社会からの保護によって守られ救済されるため有難いものだ。このことは、他のことで具体的に考えれば理解できるだろう。

 例えば、ATMでの引出や振込の金額については上限が設けられている。これは、振り込め詐欺等への保護措置として設けられたものだ。しかし、振り込め詐欺などに引っかからない、十分な警戒心があって防犯意識が高く精神的に強靭で現状把握能力が高い、強者たる人間からすれば、それまではATMで片付くはずであった事務処理を銀行窓口で行わなければならなくなったことから、当該保護措置を足枷のように感じることだろう。しかし、振り込め詐欺に引っかかりかねない、警戒心が薄く防犯意識が低く精神的にも動揺しやすく現状把握能力が低い、弱者である人間からすれば、ATMの操作に設けられた保護措置は、まさしく振り込め詐欺による甚大な被害から自分を守ってくれる制度に他ならない。

 結局のところ、フェミニストがやいやい騒ぐ「男尊女卑システム」とは、言ってみれば「男性を大人扱いして女性を子供扱いするシステム」なのだ。あたかも、飲酒について大人は酔っぱらっていい気分になろうが飲み過ぎて健康を害そうが自己責任で放置されるのに対して、子供は飲酒が禁止されてアルコールでいい気分になることが許されない一方でアルコールによる健康被害から守られているのと同じ構造なのである。すなわち、現状の社会システムは「男性には良くも悪くも社会は関与せず、女性には良くも悪くも社会が関与するというシステムなのである。

 したがって、この社会システムは「男性強者と女性弱者」にとってはメリットの大きいシステムである一方で、「男性弱者と女性強者」にとってはデメリットの方が大きくなるシステムなのである。もちろん、ジェンダー平等が叫ばれ、社会システムは男性であっても女性であっても同等の対応を取る方向に変化しつつある。とはいえ、まだまだ従来通りに男女で異なる対応をとるような部分も日本社会にはかなり残存している。

 この保護と制約は表裏一体という根本的な構造を理解していないから、「この社会ではどんな場合でも女性が損している」などと、カラストラガラ氏を含めフェミニストの多くは思い込むのである。そして、フェミニズム物語に耽溺して実際問題として現実ではどうなっているかを確かめようともしないのだ。

 そんな、当該note記事におけるカラストラガラ氏のフェミニストとしてのゴミカス振りを実際に確認していくことにしよう。


■食に関する支援において男女差は存在する

 「保護と制約は表裏一体」と先に述べた。これは制約が無ければ保護もされないということである。ただし、「制約だけが存在する」という事態もないではない。とはいえ、「保護が制約を伴わない」という事態は、制度ハック――持続不可能な悪用という事象以外の形では滅多に存在しない。

 さて、「保護と制約は表裏一体」という構造から、男性には制約があまり課せられない分だけ保護があまり為されず、女性には制約が多い分だけ保護が手厚い。この男女が置かれた社会構造は、「食」という生存に直結する事柄についての支援においても同様である。

 まぁ、もちろん「食に関しては例外ではないのか?」と疑い、「食に関する支援は男女平等だろう」と仮説を立てて、仮説を確かめるべく(文献を探すなり実地で確認するなどの)調査してみる姿勢は大事である。したがってカラストラガラ氏が以下に主張することを「事実かどうか確かめる前の仮説」として抱くことは否定しない。しかし、事実かどうか確かめもせず、「それは男女平等となっているんだ!」と主張することは、単なる独断と偏見である。フェミニストの大好きな言葉で表現すれば、「アンコンシャス・バイアス」というヤツだ。「相手は当然ながら自分と同じものが与えられている」という内容の無意識の偏見である。

1. 基本的欲求への対応の違い
食事と睡眠の場合
・病気や障害で食事ができない→介護や医療でサポート
・眠れない→病院で薬をもらったり、カウンセリングを受ける
男女関係なく、助けが必要な人は助けてもらえる

女性が損をする社会の「当たり前」は当たり前なのかを考える
Trgr / カラストラガラ | システム思考x倫理x英語論文挑戦中 | 季節限定フォロバ99% 
2025年6月24日 note

 食事や睡眠に関して「男女関係なく、助けが必要な人は助けてもらえる」とカラストラガラ氏は太字で強調している。しかし、それは事実ではない。まずは、食の問題に関してカラストラガラ氏へのダイレクトな答えとなるものを見ていこう。すなわち、餓死者の男女比について11年前に国会において以下の答弁が為されている。

平成二十四年三月十三日受領
答弁第一一六号
  内閣衆質一八〇第一一六号
  平成二十四年三月十三日
内閣総理大臣 野田佳彦
       衆議院議長 横路孝弘 殿
衆議院議員木村太郎君提出餓死者対策に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。
衆議院議員木村太郎君提出餓死者対策に関する質問に対する答弁書
一について
 平成二十二年人口動態統計によると、同年の食糧の不足による死亡者数は、三十六人である。年齢別では、三十歳代が三人、四十歳代が八人、五十歳代が九人、六十歳代が九人、七十歳代が四人、八十歳代が二人、不詳が一人で、四十歳代から六十歳代までの死亡者数が多い。男女別では、男性が三十人、女性が六人で、男性の死亡者数が多い。都道府県別では、神奈川県が五人で最も多く、北海道及び兵庫県が三人、埼玉県、東京都、長野県、愛知県及び奈良県が二人、岩手県、福島県、茨城県、群馬県、新潟県、石川県、岐阜県、静岡県、京都府、徳島県、香川県、福岡県、鹿児島県及び沖縄県が一人、不詳が一人である。
 餓死に至る要因としては様々なことが考えられるが、御指摘のさいたま市及び立川市の事例については、支援を必要とする住民の状況を地方公共団体が適切に把握できず、必要な支援が行われなかったことが要因の一つであると考えている。

強調引用者

 この餓死者の数字を見て「絶対数では、餓死する男女はたったの30人と6人なんでしょ。大したことないじゃない」というのであれば、安全工学などの知見を無視していることになる。安全工学での有名な経験則にハインリッヒの法則というものがある。厚生労働省の情報サイトで説明が為されているので紹介しよう。

ハインリッヒの法則(1:29:300の法則)
 アメリカの損害保険会社の安全技師であったハインリッヒが発表した法則です。「同じ人間が起こした330件の災害のうち、1件は重い災害(死亡や手足の切断等の大事故のみではない。)があったとすると、29回の軽傷(応急手当だけですむかすり傷)、傷害のない事故(傷害や物損の可能性があるもの)を300回起こしている。」というもので、300回の無傷害事故の背後には数千の不安全行動や不安全状態があることも指摘しています。また、ハインリッヒは、この比率について、鉄骨の組立と事務員では自ずから異なっているとも言っていますが、比率の数字そのものではなく、事故と災害の関係を示す法則としては、現在も十分に活用できる考え方です。

 同様の研究としては、バードの事故比率があり、297社の175万件の事故報告を分析して、1(重傷又は廃失):10(傷害):30(物損のみ):600(傷害も物損もない事故)の比率を導き出しています。

 これらの研究成果で重要なことは、比率の数字ではなく、災害という事象の背景には、危険有害要因が数多くあるということであり、ヒヤリハット等の情報をできるだけ把握し、迅速、的確にその対応策を講ずることが必要であるということです。
(参考文献 「新しい時代の安全管理のすべて」中災防発行)

厚生労働省 職場のあんぜんサイト より

 要するに、基本的欲求である食に関する困窮者への社会の支援が届いていない究極の重大事故が「餓死」なのだ。それゆえ、直接的な死因が飢餓でなくとも栄養失調によって肺炎等の疾病への抵抗力を失って死亡という間接的な死因となるケースは直接的な餓死件数よりも遥かに多いと考えられる。そして、死亡に至らずとも慢性的な栄養失調による健康被害は更に多くなるという事なのである。

 比率の数字はともかくとして、ハインリッヒの法則が示す傾向を疑うのであれば、他の社会問題を想起すればいい。例えば、幼児虐待の問題などだ。

 幾人かの虐待死した幼児がいれば、死亡はしておらずとも重大な身体的精神的な被害を受けている虐待児は、その数十倍は存在していると考えてよいだろうし、ネグレクトや不適切な躾等を受けている幼児は、その更に数十倍は存在しているだろうと想定すべきという話と同様である。

 このことを踏まえれば、年度により多少の数値の揺れはあろうだろうが、上記の「餓死者の男女比が5:1」ということから、同系統である「基本的欲求の食についての困窮者に対する支援」に関して、到底「男女関係なく、助けが必要な人は助けてもらえる」などと言えないことは明らかである。

 この一件からだけでも、フェミニズムが喧伝する「この社会ではいつも女だけが被害者なの!」という虚構ストーリーから生み出されるイメージだけで決めつけ、事実の確認もしようとしない、フェミニストに標準装備されている差別思考の様子が、カラストラガラ氏の主張の中にもよく表れていると言っていいだろう。


■睡眠に関する救済において男女差は存在する

 さて、再びカラストラガラ氏の主張を提示しておこう。

1. 基本的欲求への対応の違い
食事と睡眠の場合
・病気や障害で食事ができない→介護や医療でサポート
・眠れない→病院で薬をもらったり、カウンセリングを受ける
男女関係なく、助けが必要な人は助けてもらえる

再掲

 カラストラガラ氏は「睡眠に関する救済の男女差」が、どこに現れるか碌に考えたことがないのであろう。睡眠不足がどのような形でシリアスケースになるか、一度でも真面目に考えれば直ぐに思い当たることだ。この問題をよくわかる形の漫画で示してくれている人が居るので引用しよう。

汐街コナ「昔、その気もないのにうっかり自殺しかけました」

 上記の漫画はSNS上で大反響を呼んで2017年に書籍化され、著者:汐街コナ,監修・執筆協力:ゆうきゆう『「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)』のプロローグに収められている(註1)。

 この漫画を示したところで、フェミニストが「フィクションなんでしょ」と頬かむりし出すであろうことは目に見えている。そこで、未遂ではない既遂の、しかもフェミニストが無視しずらい「女性の過労自殺者」として非常に有名な高橋まつり氏を取り上げた、電通過労死事件の記事を見てみよう。

 広告大手代理店「電通」に勤めていた高橋まつりさん=当時(24)=が、過労を苦に自殺したことが波紋を広げている。高橋さんは直前の2カ月、友人や母親らに、LINEやツイッターなどで「過労」をうかがわせる50通以上のメッセージを発信していた。「本気で死んでしまいたい」。そこには、もだえるような苦しみがつづられている。電通は以前にも入社2年目の男性社員を過労自殺で失った。悲劇はなぜ繰り返されてしまったのか-(メッセージは原文のまま)。

「休日返上で作った資料をボロくそに言われた もう体も心もズタズタだ」(10月13日)
「眠りたい以外の感情を失った」(10月14日)

 東京大学文学部を卒業し、平成27年4月に電通に入社した高橋さんは同年10月、インターネットの広告部門を担当していた。半年間の試用期間を終えて本採用となったばかりで、人数不足と業務の増加に苦しんでいた。

「生きているために働いているのか、働くために生きているのか分からなくなってからが人生」(11月3日)
「土日も出勤しなければならないことがまた決定し、本気で死んでしまいたい」(11月5日)
「毎日次の日が来るのが怖くてねられない」(11月10日)
「道歩いている時に死ぬのにてきしてそうな歩道橋を探しがちになっているのに気づいて今こういう形になってます…」(11月12日)

 11月に入ると、「死」という言葉がメッセージに現れ出すようになり、具体的な自殺の場所まで探している様子がうかがえた。

「死にたいと思いながらこんなストレスフルな毎日を乗り越えた先に何が残るんだろうか」(12月16日)
「なんらな死んだほうがよっぽど幸福なんじゃないかとさえ思って。死ぬ前に送る遺書メールのCC(あて先)に誰を入れるのがベストな布陣を考えてた」(12月17日)

 12月に入るとさらに深刻な状態に。クリスマスの12月25日、社員寮の4階から身を投げた。

東大卒エリート美女が自殺までに綴った「苦悶の叫び」50通 電通の壮絶「鬼十則」が背景か
2016/10/22 産経新聞 (強調引用者)

 高橋まつり氏の過労死にせよ、汐街コナ氏の過労自殺未遂にせよ、明らかに睡眠不足が齎したシリアスケースである。睡眠不足が過労自殺に大きくかかわっていることは以上で確認できただろう。同様に、過労死にも大きくかかわっている。そして、脳心臓疾患および精神障害もまた過労死における死因としてかかわることも理解できるだろう。

 では、深刻な睡眠不足によって高まる、過労死・過労自殺あるいは脳心臓疾患および精神障害に関する男女比を見てみよう。ただし、提示したデータが古いのは、最新のデータに関しても男女別被害者の実数を当然ながら正確に把握しているはずの厚生労働省が、どういう社会的圧力によって公開が阻止されているのか知らないが、男女合わせた総数のみを公表して男女別の数字を公表しないからである。実際に私が以下に挙げるデータは、石井まこと氏の論文からの孫引きである(註2)。

2016年
【厚生労働省:「労働者死傷病報告」,総務省「労働力調査」より】
労災死亡者数              男 919人 女  38人
労災傷病者数              男 81781人 女 43245人
就業者1万人当たり労災発生件数    男 22.6件 女 15.4件
【過労死等:厚生労働省「脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況」より】
脳心臓疾患認定件数         男 260人 女 12人
精神障害(過労自殺を含む)認定件数   男 498人 女 168人

 因みにであるが、上記の「就業者1万人当たり労災発生件数 男 22.6件 女 15.4件」のデータから「労災被害者の男女比はかなり近いではないか」という感想を抱いた人は、数字のトリックに騙されている。実は、死亡や四肢欠損あるいは重篤な後遺症が残るような重大な労災だけではなく、「転倒」すなわち「職場ですっ転んで手足をぶつけて、擦りむいたり痣ができた」といった類の軽微な労災を含んでいるために男女比が接近している。このことに関して、病院等では「転倒防止」を職場環境整備の一環として重要視し、他の職種と比較して「転倒」を労災として積極的に報告しているようである。

 あくまでも私の印象論に過ぎないのだが、重大な労災と軽微な労災を混ぜたデータは公開するのに、労災による死亡だと男女比はどうなのか、労災による四肢欠損なら男女比はどうなのか、といったデータを厚生労働省が出さないところに、意図的な欺瞞を感じざるを得ない。正直なところ、「労災におけるシリアスケースの男女別データがフェミニストの圧力によって非公開となっているのではないか」と私は疑っている。

 それはともかくとして、基本的欲求である睡眠に関して「男女関係なく、助けが必要な人は助けてもらえる」という、カラストラガラ氏の主張は事実に即した主張とは、到底言えないということが明らかであるだろう。


■まとめにかえて

 カラストラガラ氏の記事における各主張について、逐一批判していってもよかったのだが、紙幅の関係上、かえって望ましくないとして断念した。したがって、「この主張は事実に即していないことが明らかである」「カラストラガラ氏の姿勢に重大な問題があることを示す象徴的な主張」に限定して、批判を行った。

 それにしても、なんでフェミニストの連中はフェミニズム物語から男性を批判するのだろうか。どうして、現実がどうなっているのかを調べようとしないのか不思議でならない。




註1 noteにおいて出版社からの以下の紹介記事が出ている。

註2 本文で用いたデータに関しては以下を参照した。

石井まこと(2019)「労働災害・職業病・安全衛生とジェンダー;労災統計の性別分析からわかること」経済学論集(中央大学))第59巻第 5 ・ 6 合併号


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