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陽菜の物語 第4部「陽菜、つながる編」第1話

嵐のプレリュードとハーブの和音

信州・佐久の2月。 キーンと冷えた透明な空気の中を、浅間山からの「浅間おろし」が吹き抜けていく。 ジョブテラス山の畑に併設されたコミュニティショップ『三右衛門本舗』の開店準備をしながら、櫻井陽菜は、首から下げた新しい社員証にそっと触れた。
「……よし。」
激動の日々を経て、陽菜の表情には、かつての迷い子のような影はない。支援員としての「名札(役割)」と、一人の人間としての「地声」。その両方を大切に抱えて歩き出した彼女の背筋は、冬の寒さの中でも凛と伸びていた。

その時、静かな店内に、パチパチとはじけるような快い音と、鼻をくすぐる香ばしい香りが漂ってきた。
「陽菜ちゃん、ちょっとこれ味見してみて。トースターでもバッチリ鳴り響いてるわよ!」
キッチンの奥から明るい声を上げたのは、おゆかさんだ。 トースターの中では『小鉢のぎゅうぎゅう焼き』が、まさにフィナーレを迎えようとしていた。山の畑特製の玉ねぎと、冬の根菜たちが、オリーブオイルとハーブソルトのドレスを纏って、チリチリと美味しそうな音符を奏でている。
「わあ、いい香り……! おゆかさん、これならお店に来たお客様も、一口食べた瞬間に心が温まりますね。」

陽菜がトースターを覗き込み、その湯気に目を細めた、その時だった。
キキィーーーッ!!
静かな駐車場に、いささか急すぎるブレーキ音が響き渡る。 続いて、バタン!と勢いよく車のドアが閉まる音。
「……? どなたでしょう、開店にはまだ早いですが……」
陽菜が首を傾げた瞬間、店の扉が勢いよく開いた。
「失礼しまーす!! ここが今、佐久で一番キテるって噂の、山の畑さんですかっ!?」
冷たい外気と共に飛び込んできたのは、嵐のようなエネルギーを纏った一人の女性だった。 首からは大きな一眼レフカメラをぶら下げ、手には使い込まれた取材ノート。 ショートヘアを少し跳ねさせ、瞳を爛々と輝かせた彼女は、陽菜の目の前まで一気に詰め寄ると、名刺を差し出した。

「おっと失礼、自己紹介が遅れました! 私、『月刊ぷらっと佐久』の記者、平山純子こと『じゅんじゅん』です! 陽菜さん……だよね? 代表の櫻井さんから聞いてるよ、すごい頑張ってる新人さんがいるって!」
「えっ、あ、はい。櫻井陽菜です……って、取材は来週の予定では……」
陽菜が目を白黒させていると、じゅんじゅんはクンクンと鼻を鳴らし、一気にキッチンの奥へと視線を向けた。
「……何このいい匂い!  これ企画に使えるよ! 『冬を溶かすトースターの魔法』。これで行こう!!」
「ちょ、ちょっと待ってください……!」

じゅんじゅんの「天然爆弾」が、陽菜の平穏な朝を木っ端微塵に砕いていく。 しかし、その傍若無人な明るさに、陽菜はなぜか嫌な気がしなかった。むしろ、自分の五線譜に、今までになかった強烈な「不協和音」が飛び込んできて、それが新しいメロディに変わっていくような、不思議な予感に胸が躍り始めていた。
「陽菜ちゃん、ぼさっとしてられないよ! 社会は『つながり』が命! 私が佐久の端っこまで、君たちの音をひろげてあげるから!」

嵐のような記者の来訪。 トースターから溢れる、ハーブと野菜の香り。 そして、この後に控えている人々との出会い。
「陽菜、つながる編」。 その幕開けは、最高に騒がしく、そして最高に美味しい予感に満ちていた。

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