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短編小説「偶然の駅」

「偶然の駅」

私と梶本くんが偶然と偶然が重なる場所は、練馬駅だった。

日時が重なった、それは偶然の時にだけ起こる
ただ職場に行くまでに乗り換えるだけの駅だ。
練馬駅で出会えたとしても、数秒、すれ違うだけで、そこから何も生まれない。

私は、ひばりヶ丘から
梶本くんは和光市から

今日は会える?
明日は会える?
そんなことはわからない
約束なんてしてないから。

私と梶本くんは、同じ職場に勤めていながら別々の部署
プライベートな会話は、もちろんだか、業務的な会話ですら、ほぼしていない。

相手の出勤日だってわからないし、
相手の早番、遅番と出勤時間だってんからない。
私はパートで固定シフト
梶本くんは正社員で日々シフトが変わる。

当然、部署が異なるから、
私が梶本くんのシフトを把握する立場でもない。

そんな2人が偶然に練馬駅ですれ違う日は梶本くんが遅番の日だと最近になり気づいた。

私が梶本くんのことを意識はじめてから、小さなことを知ることは多い。

梶本くんが遅番の日は、そうそうあるものでもない、極々たまに起こる偶然だった。

練馬駅で、梶本くんを見かけられたら、その日は何となくツイていると感じていた。

例えば、
職場のバックヤードでやたらすれ違ったり、休憩時間が同じ時間になったりする。

だからと言って、
特別に話す訳ではないし、
ただの社交辞令程度の挨拶が良いところ。

「お疲れ様」「お先に失礼します」「ご苦労様です」
会話する言葉は、毎回同じ。

そんな程度の付き合いなのに、
何故、私は梶本くんに恋をしているのだろう。

正直、
梶本くのことをよく知らないのに。

店内の売り場、
ガラス越しに映る姿は刺身包丁を手に真剣な眼差しで魚を捌いていた。
黙々と淡々と仕事をしていた。

三週間ばかり梶本くんの部署の上司が不在になった。
体調不慮が理由らしい、その間、梶本くんと練馬駅ですれ違うことはなかった。
梶本くんは、朝一番の始発電車で職場に向かっていた。

不利な状況でも文句ひとつ言うこともなく、梶本くんは日々、淡々と仕事をこなす。
休憩室では、男女関係なく仲間が集まれば、不平不満を言い合い、笑い合い、ストレスを発散している。
梶本くんは、余計なことは話さない
他人の悪口を耳にしても、茶を濁すように微笑んでいる程度だった。
梶本くんに片思いをしている理由を明確に伝えることはできないが、
たぶん、そんな人だからだと思う。

主張過ぎることがない、
そんな梶本くんに私は男らしさを感じて魅力的に思えた。
梶本くんに恋をしていることは、職場で仲の良い仲間にも伝えてはいない。
梶本くんに恋をしたところで、私の恋は実りそうもない。
そう、勝ち目のない恋だと最初から分かっているからだ。

私は梶本くんよりも、遥かに年上だ。
一回り以上離れている。
正直、もう勇気だけでは行動できない年齢になっている。
世間では、一回り以上離れた年上の女が若い男に恋をしてると言うだけで、
残酷な言葉のオンパレードである。
赤の他人を卑下する言葉など横目でやり過ごせばいいし、気にする必要はないけれど、時折、目にした言葉が耳元で囁く。
そして、私の手を引っ張る。
「あきらめなよ、みっともない、無理だって…」
そんな言葉が聞こえる。

私は、ただ恋がしたかった。
梶本くんに出会って、なんとなく遠い昔感じた甘くて痛い、
そんな切なさを思い出していた。
服装とか、化粧とか、ヘアーカラーとか、そんなことにやたら一生懸命になれる。
職場に来る意味が生まれる。
この年齢になって、そんな気持ちになれることは、きっとすごく幸せなことなんだと思っている。

ある日、
私と梶本くんに接点が訪れた。

それは、職場全体での祝賀会。
居酒屋を貸し切り、社員、パート関係なく乾杯と共に交流をした。
アルコールの酔いに任せて隣の席に移動して、梶本くんに話しかけると、
梶本くんは、想像していたよりもフットワーク軽く優しい笑顔で会話を受け止めてくれた。

その日を境に、私と梶本くんは練馬駅ですれ違う度に、微笑み会釈をかわす関係に変わっていた。

それでも、私と梶本くんの関係性は平行線が続き、練馬駅は、ただすれ違う駅に変わることはなかった。

私と梶本くんが出会い4年を過ぎた。

季節は5月を迎えていた。

梶本くんに移動の辞令がおりた。
梶本くは、江戸川橋店に移動となった。
乗り換えなしで梶本くんにとっては好都合なのだろう。

6月からは練馬駅ですれ違うこともない。
何だろう、呆気ない幕切れだった。
もう終わりだと思った瞬間から、終わりたくないと私は意固地になる。

梶本くんと最後の日
梶本くんは17時には仕事を終えて、この職場を出る。
私は少し高いクッキーを駅前のオシャレな洋菓子店で購入した。
小さな紙袋の中にはクッキー2個と私のアドレスを記載したメモ…
仕事中、つぶさないように紙袋がグシャグシャにならないように、ずっとエプロンのポケットに意識を集中して渡すキッカケを伺っていた。

バックヤードに梶本くんが作業している。
今、誰もいない…
誰にも通らないうちに…

「移動しちゃうんですね、お疲れ様でした… もし、よかったら送別会やりたいので、連絡ください、この中に入ってます。」

胸の高鳴りを抑え、私は少し早口で伝えた。
梶本は、状況を察するわけでもなく、マイペースで嬉しそうに受け取った。
「えっ、なんか、すいません…、ありがとうございます。」

梶本くんは仕事を終えた直後の午後17時にすぐにメッセージを返してくれた。
18時過ぎ、私は仕事を終えて、ロッカーからスマホを取り出した。
通知画面を見て思わす微笑み、スマホを握りしめた。

大袈裟かも知れないが、この職場で働き続けて8年目一番嬉しかった瞬間かも知れない。

そうだ、きっと、この感覚は遠い遠い過去に感じた甘い気持ち

職場の仲間、数人に声をかけて送別会を行うことにした。
場所は、みんなが都合が良い練馬駅で、この駅は居酒屋が多数ある。

仲間は、自転車や徒歩、1人は大江戸線から待ち合わせ場所に来る。
私と梶本くんは西武線改札口の練馬駅を通り抜ける。

休みだった梶本くんと私は、まるで待ち合わせしたように互いのホームから階段を降りて改札口で偶然にも鉢合わせした。

「あっ、今?」
「うん、そう、今、電車から降りてきた…」

何だか少し照れくさいように、どちらともなく言葉を交わした。
居酒屋まで徒歩3分程度の道のり

「移動場所、どう?馴れた?」
「まぁ、やることは一緒ですからね…ただ、店舗が大きいから、その点でやること多いかな…」
「そうなの?」

時折、目線を合わせながら、とりとめもない会話をしながら、私の歩幅に合わせるようにゆっくり歩く…

こんなことなら、
もう少し遠い店を予約するべきだった…
私は心の中でクスッと微笑んだ。

居酒屋の扉を押すと仲間達はすでに揃っていた。
私と梶本くんは冗談半分に少し冷やかされて笑いがこぼれる。

お互い日本酒が好きなことも、前の祝賀会では気づかなかった。
あの時よりも深掘りした会話で私も梶本くんも、くだけた笑顔になっていた。
居酒屋で横並びに座る。
時間が過ぎると共に、私と梶本くんは少し距離感が近くなっている気さえした。
気が付くと二人で会話している時間も多くなった。

「レアな日本酒が揃っている店知ってるよ…場所、六本木と、後、浜松町駅なんだけど」
「六本木だと大江戸線で、行きやすいですね?
浜松町駅だと、自分休みだと行けるかな…」
梶本くんは路線をスマホで調べながら真面目に答えてくれた。

「それじゃ、休みの日に行こう、今度は2人で」
梶本くんは、少し照れたように意味深な笑みを見せて答えた。

「2人?」
「2人…」

私の恋は、ゆっくり進み…時に大胆に進む

梶本くんと出会って4年
何時の頃か、気になる存在に変わったら、その瞬間から私の毎日は色を変える。
毎日が賭け事のように、会える日、会えない日
乗り換え駅ですれ違う日、すれ違わない日、偶然が起る日、起こらない日、
それだけだツイているとかツイてないとか…その日の運を決めていた。

後ろ姿を眺めて、伝えたい言葉は溢れていた。
些細な出来事は、一つの思い出となり、そのひとつひとつが忘れられなくなっている。

練馬駅は4年間、
何を見続けていたのだろう。
ただ、会話もなく、すれ違うだけの時間は、あまりにも長すぎた。

もう、2人が練馬駅で出会える偶然は起こらない。
練馬駅は乗り換える駅でもなく、すれ違う駅でもない。

ラストオーダーが過ぎて今宵の宴も終わる23時過ぎ
駅までの道のりは来た時より目線を合わせる回数が増えていて自然体だ。
信号で仲間と別れた。

私と梶本くんだけが西武線の改札口を通り、互いのホームの境で一瞬立ち止まる。

梶本くんは微笑み、
私に向かって大きく手を降り「じゃあね!また、シフト連絡しますから」
そして階段をかけ上った。

私も梶本くんに大きく手を振り、「うん、シフト待っているね」
呟いた。

会えない環境がふたりの距離を近づけることもある。
この駅は、私たちを交差させる。
時に切なく、時に甘く、時に優しい…
もう、偶然の駅じゃない。
今は、そんな甘い予感が今している。


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