本質
『私ね、大学は海外のとこに行く!』
『それで、もっと語学も、文化も、考え方も深めたい!』
『でも、今生の別れって訳でもないじゃん?』
『だから、サヨウナラは言わない。』
当たり前だった存在がいなくなって気づくこと、その1。意外と心の中の大きめのスペースを埋めていたこと。
レイが外国の大学に行ってから1ヶ月が経った日。いつも明るいアイツ、きっと向こうでも上手くやっているんだろうななんて思いながら、コンビニのレジに今日も立ち尽くした。
深夜帯の方が給料が良いし、大学は適当に選んだところだからある程度授業に出とけばどうにでもなる。それくらいモチベーションがなかった。
「元気してっかな。」
って心配はしなくても多分大丈夫。持ち前の明るさが周りを笑顔にするから。本当に太陽みたいな人だから。
心のどこかで好きだな〜って気持ちはずっとあって。それを無かったことにする勇気も、それを本人に伝える勇気も起きなくて。
ただただ「幼馴染」というレッテルに甘えて隣にいたり、遊んでみたり。意気地無しでどうしようもない。
「…会いたいなぁ。」
の願いは届くはずもなく淀んだ雲の夜空に消えていく。あ、一応向こうの空とも繋がってるか。なんて思ったりしたけど、自分が見る空とレイが見る空は恐らく全然違うなと思い直した。
その2、意外と自分が執念深いことに気がつく。
『お前最近ボケっとしすぎじゃない?』
「…ん?あぁわりい。聞いてなかった。」
『なんだコイツ。』
「ごめんって。」
こんなやり取りしてしまうくらいには、レイの事で頭がいっぱいになった。自分でも驚くくらい毎日考えてしまう。好きという感情はどうにも難しいもので。
日常のふとしたタイミングでもしも、を重ねてしまった。
どこかに遊びに行った時、誰かと飯を食べに行った時、レポートを図書館で書いてる時。
普通に生きていて何かが足りない感覚にずっと苛まれた。それに対して俺は泣くほどに苦しむこともなかったし、逆に笑い飛ばしてしまえるようなことも出来なかった。
変わり映えない日々がただただ流れていくだけの虚無な時間。将来に向かって考えを膨らませることもなく、本当にただ日々を消費していくだけの生活を続けていた。
大学に入ってから2回目の年明けを迎えて、それでも自分の時間は18の頃から動かない。
ちょっとした期待もあった。
20歳の集いでの同窓会。もしかしたら帰ってくるんじゃないかな?って思って柄にもなく髪の毛に気を使ったりしてみて。
会場に行ってみたけどレイはいなかった。その代わり他の女子が話しかけてくれたり、仲良かったけど大学進学を機に引っ越したヤツらと話したり。
酒を酌み交わすようになってもあの頃に少し戻れた気がして、同窓会自体には参加して良かったなんて思ってみたり。でもやっぱり会えないことに心が病んだりした。
『ねぇ』
「…あ、久しぶり。」
話しかけてきたのレイと仲が良かった子。
『…変わってないね。』
「2年くらいじゃそんな変わらないよ。」
『嘘だぁ、変わってる人結構いるよ?』
確かに周りを見渡すと一回り体が大きくなったやつがいたり、髪の毛の色が変わっていたり、でもそれは些細な変化だ。誰も本質的に変わってなんかいなかった。
「…見た目は変わってるな。」
『確かに、中身は変わってないねみんな。』
「そうだな。」
『…誰も、変わってない。』
「…?」
『アンタ、レイちゃんに連絡した?』
「…いや…。」
18の別れのとき。連絡したら迷惑かなと思って以降一度も彼女とのLINEを開いていなかった。誕生日の時も、新年の時も。
『ほんっと、変わんないね。』
「…うん。変わらないよ。」
分かってる。迷惑ってのは建前で、離れ離れなのに中途半端に話したりすると自分が耐えられなくて、意図的に距離を置いてることくらいわかってる。
完全に自己中心的な考え方をしている。でもレイはきっとそんな自分のことを気にしていないはず。
『ちっぽけなことに悩んでるね。』
「…どういうこと?」
『いや、そんな顔してる。』
ちっぽけ、と言うには自分にとってはハードルが高すぎる。でもスマホで少し文字を打ち込んで送るだけで終わるんだろう。行為自体は本当にちっぽけな気はする。
「…俺は」
『…レイちゃんは寂しがってたとだけ言っとくね。』
「え…?」
『知ってるでしょ?あー見えて繊細な子なのは。』
明るいくせにたまにナヨナヨする。頑固で割と意地っ張り。それでもって、小さいことにちゃんと気づいてくれて、時に気付かないふりをしてくれて。
「……」
『アンタは変わってもいいんじゃない、少しくらい。』
どっかのラブストーリーならきっとここで変わって電話でもかけたりして、好きだって伝えたりするんだろう。生憎それが出来るほど自分は強くなくて。
『…まぁ、勝手にしてね。』
苦く笑いながらその子は去っていって。
でもなんだか最後の語気は柔らかくなっていたような気がした。
「…」
トークを開いてみる。最後に話したのは2年前の3月末。レイが送ってきたスタンプで終わっている。
その3、自分は案外単純だということ。
それからまた月日が流れて3回生。周りが慌ただしく就活に流れていって、自分もとりあえず流れてみて説明会だとか適性診断だとか受けてみて。
消費した日々はこの将来に何を生み出すのかは一旦考えず。惰性で続けたコンビニバイトにギリギリで取った単位の取得。強いていえば英語がちょこっとできるくらい。
別に継続したわけでも、定期的にした訳でもない。レイが英語圏で生活してるから、何となく。ほんと、ちょっと英会話してみたり、テキスト読んでみたり。
掴みきれない中途半端でも、周りに比べてみればほんの少しだけ、歩幅半分くらい先に進んでいたらしい。
「…」
何となく思った、語学を活かせる会社に入ってみたいと。
『アンタは変わってもいいんじゃない』
同窓会の時に言われた言葉を思い出して。
それをきっかけにして少しだけ本腰を入れてみることにした。
はじめて見ると意外とすんなり頭に入ってくるもので、この2年間の虚無が少しずつ埋まっていくような感覚になっていった。
初めて充実というものを感じた。
多分その充実は、同じことを勉強してるレイを思い浮かべてるからなんだと思う。少しでも同じことをって、本当に不純な考えだと思う。
でもそれが今は心地よかった。
8月1日。
2年と半分ぶりくらいにトークルームに息吹を注いでみることにした。相変わらず怠惰で、適当で、意気地無しの自分。でもほんの少しだけ変わってみたく思って。
思えば自分から誕生日おめでとうを伝えるなんて初めてな気がする。毎回毎回レイに今日は何の日だと問われてから話が始まっている。
「久しぶり。誕生日おめでとう。」
と送った。2年半前のレイなら飛んでくるようなスピードで返事が返ってきて、それで話が始まって…。
待てども待てども返事は来ない。5分、30分、1時間。そして、1日。
送ったラインに既読はつかなかった。
「…」
なんだ、大丈夫じゃん。レイは向こうで元気にやってるじゃん。SNSは動いてたし。忙しそうにしてるんだよな。LINE見る暇中々ないよな。
少しずつ後悔の念が広がる。
もっと早くに連絡入れてればこんなことにはならなかったのかな。というかそもそも…連絡しなければよかったのかな。
色んな雑念が混ざり混ざって、頭の中を駆け巡って、指先が痺れるような感覚になったり、心臓がやけに早く動いたり。
セミの声が響く夏の太陽は自分にとって眩しすぎて、煩わしく感じられた。
就活を終えて、4回生も終盤に差し掛かる。相変わらず惰性でコンビニバイトを続けて、何となく頑張ろうと思った英語も続けて上手い具合に語学を活かせる会社に内定を貰えた。
ある種変わったのだろう。自分は。
あの日の辛さを乗り越えて頑張ったんだから、一応まぁ良い人生のスタートにたつことができたらしい。
大学生になって四度目の年が明けて、変わり映えもなく同じ神社でお参りをして、さっさと帰ろうとした時。
スマホに一通のLINEが入った。
【清宮レイ】
目を疑った。あの日送ったラインから1ミリたりとも動かなかったトークルームが突然動き始めたのだ。
自分からブロックして削除、なんて勇気のあることもできなくて残してた。
『久しぶり。』
「久しぶり。」
『あけましておめでとう。』
「おめでとう。」
4年近く話してないから会話の仕方なんて忘れていた。いつもどんなテンション感で話していたかなんて思い出せない。
『ごめん、LINE無視して。』
どうやらちゃんと届いていたみたいだ。見えてもいたようだ。
『あの日、凄く嬉しくて、でも返しちゃったらここで生活もうできなくなると思って。』
「そうだったんだ。」
『3月に日本に帰る。それで、これからは日本で生活する。』
彼女はそう言い切った。
「そうするんだね。」
『迎えに来て。近くなったらまた連絡するから。』
幼馴染という甘えた立場で意気地無しで、どうしようもなくレイのことを忘れられなかった自分。
「わかった。迎えに行くよ。」
忘れなくてよかったと、今日ほど思ったことはなかったと思う。
国際線のロビーは年度末ということでかなり混みあっていた。
少し髪に気を使って、私服もちょこっとだけ選んだ。選べるほどの量がある訳じゃないけど、それでもマシなのを選んだつもり。
4番ゲートから人がかえってきて、その中に1人少し短めの髪の毛を揺らしながら歩いてくる姿が見えてくる。
目が合った。一気に歩くスピードが上がった気がする。いや、俺が歩み寄ってるからそういうふうに見えるのかも。
『……』
「…」
あんなに会いたくてたまらなかった人が目の前にいて、喉が萎んだような感覚に。
『……なんかいってよ。』
その沈黙に耐えきれなかったのは相手側だった。
「…おかえり。」
『…ただいま!!』
1度開いた喉はしばらくの間開きっぱなしになるくらい二人で喋った。大学がどうとか、海外の生活がとか、食べ物がとか。色々話して。
「…そういえば、筒井が言ってたんだけど」
『ん?』
「…寂しがってたって」
『え、いや、それはその、えっと…』
あぁ、なんだ。遠くに行って別の空を見ていたと錯覚していたけど、同じ空を見ていたしあんまりレイも変わっていないらしい。
「…ごめん。連絡すればよかったか?」
『…いや、連絡来てたら耐えれてない。』
笑いながら、レイは言った。
『てか、変わったけど変わってないね。』
「…どういうこと?」
『んー、安心してる。』
「…そう?」
『もし変わってたら、ちょっとショックだったかも。』
「え、そうなんだ。」
『だって、私が知ってる君じゃなくなってたらなんか違う人みたいな感じになるじゃん。』
『それもちょっと嫌で、LINE返さなかった。私からばっか話しかけてたはずなのに、いきなり来たから。』
『ごめんね。』
「いいよ、レイがそれで良いのならそれがいいと思う。」
『…相変わらずだ。』
やっと笑った、ちゃんと笑った。こっちも安心した。
『優しいね。相変わらず』
「…そんなことないと思うけど。」
『じゃ、私にだけ特別ってこと?』
少し目を潤ませながら言うレイにペースを持っていかれて。あぁ、やっぱ好きだなーって。
「…その」
『ん?』
「…。」
『…?』
伝えようとした言葉は、まだ喉につっかえて出てこない。何かを伝えようとしてるんだとレイは待ってくれているけど。
『…いや、まだ言わないでそれ!』
どうやら察したらしい。
「え…」
多分俺じゃ無理だと思ったのかなんなのか…
『その、早すぎる。帰ってきてまだ1日目だから。だからその…もうちょっと段階踏も?』
「…え。」
どうやらそれも違うらしい。
『…どっちかが先に変わるの嫌だから、どっちも一緒に変わりたい。』
「…分かりました」
幼馴染というレッテル。テープの四隅に少しだけ剥がしやすい部分を今作っておいて。
『…じゃあ幼なじみくん。まずは荷物もってもらおうかな。』
「えぇ、」
『はいよろしくっ!』
「わかりましたよ」
もう少し経ったら、また今度伝えてみようかなと思った。
