見出し画像

死を考えるとき、心がふっと軽くなる話

「死」と聞くと、なぜか胸がぎゅっと締めつけられるような、そんな感覚になることがあります。

けれどもし、それが「おそろしい終わり」ではなく、
“軽やかさ”や“自由”に近いものだったとしたら──?

今日は、そんな視点から「死」について、すこしやわらかくお話ししてみたいと思います。


「死とはなにか」──。
ふとした瞬間に、そんな問いが湧きあがることがあります。

一般的には「死=怖いもの」というイメージが、あたりまえのように根づいています。
けれど、わたしにとっての「死」は、少しちがったイメージを持っています。

それはまるで、「卒業」のようなもの。

この世界での学びを終え、肉体という“制服”を脱ぎ、
また別のもとの場所へと還っていく──そんな感覚です。

私たちはふだん「この体が自分だ」と思って生きていますが、
本当のわたしは「意識(魂)」であり、魂は死にません。

この肉体は、物理世界を体験をするための“ボディースーツ”のようなものであり、
その奥に静かにたたずむ魂は、いつも変わらずそこに在りつづけている。

だから「死」とは、恐怖ではなく、
一つの通過点──“イニシエーション(通過儀礼)”のようなもの。

完成であり、祝福であり、
そしてまた、新しい旅の入り口でもあるのです。

それでもやっぱり、近しい人が肉体を離れていくとき、わたしは寂しさや悲しみを感じます。

触れることができたはずの温度や声が、もうこの手の中にない。
それはたしかに痛みだけれど、
人としてここにいることで感じる大切な一部だとも思う。

でも、その痛みは、
人としてここに生きているからこそ感じられる、尊くて大切なもの。

悲しみを知ることで、
わたしは愛の深さに気づくのだと思います。

だからこそ、今をどう生きるかが、
ますます大切に思えてくるのです。

わたしは、
いつか訪れるその“卒業式”のような日を、
誰かに「おつかれさま」「ありがとう」そして「おめでとう」と言ってもらえるような、
そんな人生を歩んでいきたい。

死は、終わりではなく、
また「旅のつづきの入り口」なのだから。




いいなと思ったら応援しよう!