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「アメリカを変えた夏 1927年」と今 ‐1 100年前も高関税

また面白い本を読みました。一言でいえば、アメリカのハチャメチャっぷりのルーツがわかる本です。

One Summer, America 1927 by Bill Bryson
「アメリカを変えた夏、1927年」ビル・ブライソン

で日本語の情報を探していたら、また岡田斗司夫氏が解説していらっしゃいました。

この本は、
・初めて飛行機での大西洋横断に成功した少年のような好奇心を持つ怖いもの知らずのチャールズ・リンドバーグ 
・やんちゃすぎて手が付けられないのに60本塁打の記録を作ったベーブ・ルース
・はじめの一歩の必殺技、デンプシーロールのネタ元ボクサー、ジャック・デンプシー
・禁酒法の中で成り上がったアル・カポネ

という、勢いで大業を成し遂げた伝説の人物を中心に進みます。1927年は大事件、一大イベントだらけ。なるほどアメリカが下品で不良だらけでハチャメチャでも、なぜかそれを受け入れている社会なのはこれかとわかります。

日本は真面目が集まって根性論で乗り切る国。

アメリカは馬鹿と天才紙一重みたいなのが無茶やってたまに大当たりする国。

これだけで面白いんですが、私がツボったところはまた違うんですよ。これがリスト。

  • アメリカ第一主義ハーディング大統領

  • 放任主義クーリッジ大統領

  • 尻ぬぐいフーヴァー大統領

  • ミシシッピ大洪水

  • 失敗万国博覧会

  • フォード自動車の夢の国フォードランディア

  • KKKと人種&移民差別混合型アメリカ優生思想

  • バカ増産メディア(雑誌、タブロイド、映画産業、ラジオ、テレビ)

これで何となくわかりますか?
今と変わってないんです。

2回に分けますが、今回は20年代の3人の大統領の事を書きます。

アメリカ第一主義ハーディング大統領(共和党)1921-1923

ウォレン・ハーディング - Wikipedia

政治大統領としてハーディングは所得税の累進性を弱め富裕層への大規模な減税を実施した。また、貿易では保護貿易政策を取り、現在では考えられない程の高率な関税をかけた。予算会計法を成立させ、今日の年度予算案の審議システムをつくった。外交では、1921年(大正10年)から1922年(大正11年)にかけてワシントン会議を開き、「国際規模の軍縮」を口実に日本の海軍戦力の制限、および日英同盟の破棄を行い、日本の台頭を防いだ。また、この会議で九カ国条約で中国に対する門戸開放政策を列強に認めさせ、極東におけるアメリカの覇権を確立する狙いもあった。また、1921年(大正10年)には、当時日本の支配下にあった朝鮮の独立運動家である徐載弼と会見し、朝鮮独立の後押しの要請を受けるなどした。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出た高関税!これに加え、ハーディング内閣の内務長官が海軍保有の油田を入札なしかつ安い使用料で民間企業に賃貸し、私腹を肥やすというスキャンダルを起こします。そしてハーディング大統領は不倫しまくり。

現在大統領の誰かさんと重なるものが。
そして1923年に脳梗塞で亡くなってしまいます。

放任主義クーリッジ大統領(共和党)1923-1929

ハーディング大統領が亡くなってしまったので、副大統領のクーリッジが大統領になります。
カルビン・クーリッジ - Wikipedia
でこの大統領が有名なのは、午前中に働いて午後は昼寝していた事
理由:ストレス溜まるのが嫌だから。できる人に仕事させた方が効率が良いという論理。
大統領としていいのかそれで!笑

当時商務長官だったフーヴァーになんでもかんでもやらせ、自分はバケーションしまくり。ミシシッピ川が未曾有の大洪水で大惨事になっているのに、全てをフーヴァーに任せて、自分はリンドバーグの帰国パレードに出席。それなのになぜフーヴァーをやたらライバル視。

あとわけわからないのが、クーリッジ大統領は毎朝ベッドで朝食をとる間に、執事がワセリンを彼の頭皮に塗り込むという習慣があったそうで。健康に良いと思っていたらしい。

ちょっと想像してよ。
ベッドで朝ごはん食べてる間に、執事に頭ベッタベタにしてもらう図。
もしかして大統領ってオカシイ人しかなれないのか?

…そんな気がしてきたぜ!

結局、クーリッジの行った小さな政府という名の政府機関縮小、ビジネス優遇税制、規制緩和が異常なバブルを引き起こし、1929年の大恐慌の一因になったと言われています。

尻ぬぐいフーヴァー大統領(共和党)1929-1933

こう見ると、共和党続きだったんですね。
ハーバート・フーヴァー - Wikipedia
大統領になる前は、クーリッジ内閣の商務長官として経済政策、貿易、産業、統計、知的財産保護などなど、多岐に渡る仕事をこなしていました。そこで起こったのがアメリカ史上最大の洪水。
ミシシッピ大洪水 - Wikipedia
この災害対策責任者もやることになります。

フーヴァー大統領の凄いところは、スタンフォード大学で地質学を専攻し、鉱山技術者として働いていた方というところです。その後はロンドンで鉱山会社の重役でした。そして第一次世界大戦で飢えているベルギーの人々に私財で食糧支援を行います。こういったバックグラウンドが評価されて、アメリカに帰った時には政界から引っ張りだこ。それで商務長官になったのです。

そしてもちろん災害時には技術面でも人々への支援でも大活躍。

私はそれこそ仕事でミシシッピ川の治水をやっています。
アメリカ陸軍工兵隊(Army Corps of Engineers)の仕事です。アメリカの大規模な治水はここが管轄です。アメリカの治水のスケールのでかさときたら…これだから土木楽しいんですよ。

イーロン・マスクには無理。

フーヴァーと言えば、ダムが有名ですよね。ダムは後のフランクリン・ルーズベルト大統領時代に完成しているんです。でも計画が始まったのはフーヴァー時代なので、名前になったようです。あと、ハーバート・フーヴァー・ダイクという大きな堤防がフロリダにありますね。これも災害時に現地に来て計画を立ててくれたフーヴァー大統領にちなんでいます。

というわけで、フーヴァー大統領は土木技術者にとっては尊敬対象です。
それなのに就任した年に大恐慌が起こってしまったので、責任を負わされる事になりました。かわいそう。

どうでしょう。この流れ。
ちょうど100年経って、トランプ、バンス、大恐慌になってしまうのか。

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