錯覚でも、君を選ぶ。ー風まかせ文芸部
——恋はいつだって、
人が自分にかける魔法だ。
「恋は錯覚です」
ほうじ茶の湯気が立ちのぼる前に、
詩が言い切った。
「唐突だけど……君らしいね」
彼女は論理的で、
思ったことを淡々と言葉にする。
そこが、僕には面白くて仕方がない。
「相手に期待を投影し、
それを叶えてもらえると錯覚する。
それが恋の始まりです」
詩は、そう続けた。
「じゃあ僕はひとつだけ期待するよ。
“君が僕の前で、偽らないこと”」
「範囲はどこまでですか?
人間関係、私生活、行動履歴、金銭管理——」
「いや、全範囲って話じゃなくて……」
僕は少し笑い、湯呑を置いた。
「詩が感じたことを、そのまま言ってくれればいい。
それだけで十分だよ」
詩は即答する。
「では昨日、友人と夕食を取りました。
帰り道、手を繋がれましたが、
大河くんが嫉妬するので断りました」
「……その伝え方は心臓に悪い」
「事実を偽っていません」
驚くほど、詩は正直だ。
僕は小さく息を吐いた。
胸の奥がざわつくけど、逃げるつもりはない。
「断ってくれたのは……うん、嬉しいよ」
「嫉妬という錯覚を増やしたくありませんので」
「……嫉妬は“奪われるかもしれない”っていう錯覚なんだよ。
でも、それでも感じるものなんだ」
詩は再び、静かに頷いた。
「では確認します。
大河くんが望むのは、錯覚ではなく——
“私があなたを選ぶという現実”ですか?」
「……そうだよ」
彼女は目を細め、淡々と言う。
「はい。本日もあなたを選びました」
「“本日も”って……ログボみたいな言い方しないでよ……」
「恋は錯覚です。
でも“選ぶ”という行為は、
錯覚ではありません」
そう言って、詩は少し笑った。
「その現実は、
今日の私が決めました」
その瞬間、胸の奥がすとんと落ち着く。
僕は目を伏せ、
静かにありがとうを告げた。
「……うん。
錯覚だろうが現実だろうが、
君が今日、僕を選んだこと……
それが一番嬉しいよ」
詩の選びとる毎日に、
僕がいる奇跡。
「明日も選ぶかどうかは、
明日判断します(^^)」
「……そこで笑うの、反則だよ」
錯覚でもいい。
君が隣にいてくれるなら。
お読みいただいて、ありがとうございました。本作は風まかせ文芸部さんの企画に参加しております。
詩(うた)はとても正直な女の子で、どんなことも淡々と、まっすぐ核心を言葉にします。
そして、その“まっすぐ”を面白いと思える大河(たいが)も、やっぱりどこか純粋な心の持ち主なのだと思います。
ふたりの間には、
錯覚ではなく 事実として選びたい詩。
錯覚でもいいから 選ばれたい大河。
という、少し矛盾した可愛らしさがあります。
恋の形はいつも不安定で、どこか曖昧で、それでも誰かを選び、誰かに選ばれるという現実だけが静かにふたりを繋いでいく——
そんな小さな奇跡を書きたくて、この物語を綴りました。
