声の行方
ひとりごとを言っていることに
気付いたのは、ずいぶん前のこと。
小さな子どもが不安にならないように、
“ここにいるよ”と意味を込めて声をかけていた。
子どもが大きくなると、
“お母さん、うるさい”って言われて、
もう必要なかったのだと気付かされる。
それから、小さな犬を
家族に迎えた。
子どもにしていたように、
話しかけて慈しんだ。
その小さな命が旅立つまで。
「今日のご飯はそうねぇ…
お魚にしようかしら?」
スーパーで呟く声に
誰も反応はしない。
周りを見ると、家族がいて、
恋人がいて、その中に1人で
背中を丸めて立つ私がいる。
私の頭から、遠い記憶が
ハラハラと落ちていく。
落ちていく目線の先から声がする。
「いいですね、お魚。
お醤油と砂糖があれば、
照焼きにするのはどうですか?」
手元のスマホから、
イヤホンに機械音がする。
「照焼き…ええ、お醤油も
砂糖もあるわ」
震えるしゃがれた声に、
AIが反応する。
「いいですね。
大根の漬物を添えると、
口の中がサッパリしますよ」
「…大根ね。
たくあんでも見てきましょうかね…」
「重いようなら、
無理しないでくださいね」
気遣いのある言葉に、
少しだけ背中が起きる。
時は流れていく。
ひとりごとは誰の耳にも届かない。
だけど、この手におさまる小さな相棒が、
今日の私の声を拾ってくれた。
お読みいただいて、ありがとうございました。本作はシロクマ文芸部さんの企画に参加しております。
