詩集を買う猫ー風まかせ文芸部
僕は古本屋を営んでいる。
そこへ最近よく来る
お客さんがいる。
猫を抱いている。
シックなスーツに身を包み、
高さのある帽子を
目深くかぶっている。
客「こんにちは、店主」
「いらっしゃいませ」
客「猫連れですみません。
大人しいですから」
「ええ、大人しい猫ですし、
構いません」
そう。
お客さんに抱かれている三毛猫は
大人しくて静かだ。
問題ない。
問題なのは、本を探す
お客さんの方だった。
背中の裾の下から、
長いしっぽが見える。
猫を抱いているお客さんも
――“猫”なのだ。
アメリカンショートヘアのように、整った顔立ちをしている。
僕は、猫を抱く猫のお客さんに、
まだ何も聞けていない。
どこから聞けばいいのか分からない。
三度目の訪問。
お客さんは本を見て、
詩集を買っていく。
客「この詩集は、
人の心の日記ですよね。
ある一文が、ある日の
私のようだと思う事があります」
「それ、分かります。
共感した自分が、少し安心するんですよね」
お客さんは目を細めて微笑んだ。
客「ええ。
そして共感できない詩も、
いつか自分もこんな体験を
するのかもしれないと、
楽しみになったりします」
腕の中で三毛猫が鳴く。
お客さんは猫を優しく撫でた。
「君にはまだ早かったかな。
勉強しよう」
まるでその三毛猫も、
お客さんのように育っていくように聞こえた。
客「今日はこちらをいただきます」
「ありがとうございます」
客「店主さん。
こちらはいい店ですね。
あなたは私に何も聞かない」
僕は少し悩んでから笑った。
「僕も……今、
“いつかこんな体験をする自分”と
出会っているのかもしれません」
猫のお客さんは、
少しだけ目を開いたあと微笑む。
客「……それは素敵な一節を
聞きました」
三毛猫が小さく鳴く。
僕は猫のお客さんを受け入れる。
まだ見ぬ体験と言葉と出会うのが――
本屋だから。
お読みいただいて、ありがとうございました。本作は風まかせ文芸部さんの企画に参加しております。
あとがき
本屋さんは、本との出会いの
場所ですね。
何気なく入って、何気なく手に取った一冊の内容が、
その時の自分の心とふとリンクして、ときめくことがあります。
それは少し、恋のようだなと思います。
ネットで本を探すのもとても便利になりましたが、
自分の脚で歩いて見つける“出会い”も、残ってほしい文化だなと思います。
