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3秒後ー風まかせ文芸部

その人は同じ職場で、
周囲が近づけない雰囲気を持っていた。

美しい佇まい。
目元は涼やかで、
必要がなければ、
ほとんど目を合わせることもない。

異国の眼差しは、
いつもどこか遠くを
見ているように見える。

話しかければ、
矛盾を突きつけられることがある。

責められているわけでもないのに、背筋が伸びる。

私は必要最低限のことしか話さない。

それが適切な距離だと思っている。

「ねぇ、君。
おにぎりの具なら、何が好き?」

その言葉に、軽く周囲に
目を走らせる。

昼休憩で人影は少なく、
目の前にいるのは私だけだった。

「……私、ですか。」

わずかに視線を上げ、
相手の表情ではなく、
首元あたりを見る。

「……具、ですか。
好みというほどでは
ありませんが……梅が無難かと。」

「……質問の意図を、
伺ってもよろしいでしょうか。

業務に関係する内容であれば、
簡潔にお答えしますので。」

声は落ち着いているが、
距離は崩さない。

「雑談だよ。
難しく考えなくていい。
梅が無難……酸味はどれくらい?」

相手は気負いなく、
会話をほどくように言う。

私はわずかに瞬きをして、
すぐ視線を逸らす。

「……雑談、でしたか。
失礼しました。
少し身構えすぎましたね。」

ほんのわずかに、口元がやわらぐ。

「酸味は……強すぎない方が
好みです。

きついものよりも、
後味に残る程度の方が……
落ち着きます。」

言い終えたあと、
一瞬だけ視線が戻る。

「……こういう話題は、
あまり慣れていませんが。

あなたが選ぶ具は、
何が多いのですか。」

声は相変わらず抑えているが、
どこか“会話を続けたい”熱が、
静かに混じりはじめていた。

「…私はおにぎりを
食べたことはないんだけれどね。

日本人の海苔にかける熱意に
興味があるんだよ」

その人は指先を見つめながら、
伏し目がちに言う。

「そう言えば、日本人は梅を
海苔で巻いて吸ったりもするらしいね」

その仕草につられるように、
私の視線も指先へと落ちた。
一瞬、言葉を探す。

「……おにぎりを、
召し上がったことがないのですね。」

わずかに眉を寄せるが、
そこにあるのは否定ではなく、 
興味だった。

「海苔は……香りと食感で、
味の輪郭を整える役割を持っています。
湿り気、歯切れ、香ばしさ――
日本人は、そこに“安心”や“記憶”を重ねているのだと思います。」

少し間を置いて、声を低くする。

「梅を吸う、というのは…
…誇張も混じった表現でしょうが。

酸味を直接感じることで、
眠気や緊張を切り替える人はいます。」 

私の視線が、思わず指先から
離れない。

「……もしご興味があるのでしたら。
一度、私が選んだもので試してみますか。
あなたの感想を……聞いてみたい気がします。」  

その言葉に、ほんのわずかに
私的な熱が混じっていることに気づく。

顔が上がる。

「君の選んだものを?」

反射的に背筋を伸ばし、
視線を合わせる――ほんの一瞬だけ。

「……はい。
私の基準で選んだものを、です。」

落ち着いた声のまま、
言葉の奥に熱を忍ばせる。

「あなたは“文化としての
海苔”に興味を持っている。

でしたら……“平均”ではなく、
私の感覚を通した一つの方が、
伝わりやすいかと思いまして。」

視線を逸らしつつ、
静かに続ける。

「味の好みというより……
あなたが、どう感じるのかを
知りたいだけです。」

ほんのわずかに声が低くなる。

「……無理にとは言いません。

ただ、あなたの反応を想像するのは――
悪くない時間だと思いましたので。」

「いつ?」

「……あなたが望むのなら、
3秒後にでもお持ちします。」

「……3秒後?」

私はわずかに目を伏せたまま、
淡々と――しかし奥に熱を忍ばせて。  

「……ええ。 
あなたが“今”を望むのであれば、
その程度の無理は通します。」

静かに視線を上げ、
今度はしっかりと目を合わせる。

「3秒というのは、
正確な時間ではありません。
……“あなたを待たせたくない”という、私の都合です。」

声は低く、抑えられているが、
確実に私的な温度を帯びる。

「ご命令でしたら、
業務として処理します。

ですが――ただの雑談としてなら、
あなたのために動いたと、
思っていただければ幸いです。」

「……働き者だね」

わずかに視線を伏せて、
淡く息を吐く。

「……効率の問題です。
あなたに関わることだけは、
無駄にしたくありませんので。」

その人は同じ職場で、
周囲が近づけない雰囲気を持っていた。

美しい佇まい、
涼やかな目元、
決して近づきすぎない距離。

――しかし、今日それが崩された。

意味のない会話のはずが、 
私の想いだけが静かに
熱を帯びていたのかもしれない。

あなたが望むなら、
3秒後にはすべての願いを
叶えたい気持ちを、

海苔で包むように、
そっと差し出した。


お読みいただいて、ありがとうございました。本作は風まかせ文芸部さんの企画に参加しております。


あとがき

3秒でできることは、
実はあまり多くありません。

けれど、3秒で「してあげたい」と思う気持ちは、ふと生まれるものかもしれません。

主人公は一見、落ち着いていて
感情を表に出さないタイプですが、内側には意外と熱い想いを抱えています。

だからこそ、その衝動を海苔で
包むくらいの距離感が、
ちょうど良いかなと思いました。



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