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眠りの手前で

「眠れない…」

リビングのソファでスマホを
いじってた俺に、オヤジが呟いた。

夕飯を終えて、21時には
部屋に入ったが、1時間しても
眠れないようだった。

俺「…なら、起きてれば?」

俺の言葉にオヤジは
戸惑うように震えた声を出す。

「…寝たい」

俺「でも、寝れないんだろ?」

頷くオヤジに、俺も頷く。

「だから、眠くなるまで
起きてれば?」

それでもオヤジは首を振る。

「…寝たいのに、
眠れないから…困ってる」

俺は少し困ったように考える。

「医者から眠剤とか、
もらってないの?」

オヤジは近くの椅子に
ゆっくり腰を下ろす。

「…出してくれない」

「医者は俺に…働いてるのか
聞いた」

「働いてないなら…
夜に寝なくてもいいでしょうって…」

オヤジは下を向く。

「好きな時に寝て、
起きろって言うんだよ…」

俺は納得するように頷く。

(そりゃそうだな。
オヤジはもう80代だ。
生活に縛られる必要はない)

俺の頷きに、オヤジは
落胆の顔を浮かべる。

「…俺はもう楽しみもない。
目もよく見えんし、耳も遠い」

「会社にいた頃は、
あんなに生活を縛られた…」

「もう…用無しだな」 

それは“眠れない”ことが
原因ではなく、“存在価値”の
話しになっていた。

俺は返す言葉に詰まる。

オヤジは天井の電気を
見つめている。

「お前…パソコン持ってるか」

関連のない言葉に
俺は首を傾げる。

「…あるよ」

オヤジ「動画…観れるのか」

「ああ…映画とか?観れるよ」

オヤジ「大人の映画は…?」

その言葉にオヤジを凝視する。

たった今まで、自分の存在意義を見失っていた男が次の瞬間にアダルト映画を観たいと言っている。

「…観れるものも、ある」

オヤジ「…観たい」

複雑な気持ちにはなったが、 
止める理由もない。

俺はオヤジの前にパソコンとイヤホンを渡し、上映してやった。

オヤジは無言のまま、
見つめていた。

親子で見るには気恥ずかしいというよりも、神妙な面持ちで眺めていた。

オヤジ「若い時は…必要性があった」

誰ともなしに小さく呟く。

オヤジ「…今は“まだ”…俺も
使えるって思いたい…」

その言葉に驚いた。

さっきの“存在価値”の話は
続いていたのだ。

オヤジは真剣に自分の存在理由を探している。

そして映画の途中で立ち上がる。

「…寝る」

そう言って、自分の部屋に
入っていく。

心配になり、様子を見に行ったが、しっかり眠っていた。

俺はパソコンに映る昔の
映画を眺めた。

その時代の逞しい男が
元気に働き、肩で風を切っている。

この時代に背負わされたものを今も抱えているんだろう。

80歳を越えて、尚…

俺はこの時代に
何を背負わされてるのか。

その夜、俺は眠れなかった。


お読みいただいて、ありがとうございました。
本作はシロクマ文芸部さんの企画に参加しております。


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