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鍵のかかった書斎ー風まかせ文芸部

父の書斎は、立ち入り禁止だった。

大事な資料があるとか、
壊されたら困るものがあるとか、
理由はいくつもあった。

子どもの頃からの教えだったせいか
大人になっても、足を踏み入れることは憚られた。

しかし、今日は違う。

他界した父を見送ったあと、
初めて私はこの部屋に入った。

古い本とインクの匂い、
そして父の匂いがまだ残っている。

本棚を眺めながら
父との記憶を辿る。

優しい眼差しで
いつもあたたかく見守ってくれた。

叱るときは、きちんと理由を教えてくれて、そのあとにどうしたら良かったのかを一緒に考えてくれる人だった。

母はそういうことが苦手で
叱るばかりで困惑していた。

今では、怒る理由をうまく伝えられない人なんだと分かる。

だからこそ、こちらが距離の置き方を心得るようになった。

父が他界し、母は力なく座っている。

今日は遺品整理もあり
ようやくこの部屋を見つめることができた。

引き出しの中には
薄いアルバムがあった。

何気なく開いてみると、そこには
知らない女性と写る、穏やかな父の笑顔。

“知らない女性”と言うには、不自然なほど
自分によく似ていた。

薄いアルバムに入っていたのは
その一枚だけ。

父にとって、この女性がどんな人だったのかは分からない。

けれど、手放せないものだったのだろう。

母が理由を伝えることもできないように怒るのは、

本当に、私に非があったからなのだろうか。

この部屋に立ち入ってはいけない本当の理由は、何だったのだろうか。

この部屋には
まだ秘密が眠っているのだろうか。

私は引き出しにアルバムを戻した。

奥から母の声がする。

短く返事をして、父の書斎を一度だけ見渡す。

その尊厳を守るように
静かに鍵をかけた。


お読みいただいて、ありがとうございました。本作は風まかせ文芸部さんの企画に参加しております。


書斎というと、そのプライベートな空間から、どこか秘密が隠されているような気がします。
誰の心にも、きっと人には言えない秘密がある。
それを守れるような大人になれたら――
そんなふうに、密かに思っています。


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