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薬指のリハビリ

五月雨の中を歩く。

名も知らない白の花びらが
水の中に揺れている。

濡れた髪から、
頬をつたい落ちていく。

去年はこの道を、
幸せと手を繋いで歩いた。

新緑の葉が揺れて、
キラキラと光を放ち、
その眩しさは幸せと重なり
目眩がした。

左手の指輪は、
すべての幸せを約束してくれる
証のようだった。

そして外された指輪と共に、
喜びは消え去った。

たった1年で指輪は
別の人の手に渡ってしまった。

降る雨が暖かくも冷たく、
私の目を覚ましてくれた。

濡れたスカートが足に絡んで
歩きにくい。

それでも足を止めることは
できなかった。

立ち止まってしまえば、
再び歩き出すには時間が
いるような気がして。

「…大丈夫ですか?」

差しかけられる傘に、
立ち止まる。

透き通るような
水色の医療服が目に入る。

雨に溶けていくように見えた。

「…具合、悪いですか?」

柔らかな声が、静かにおりてくる。

「僕、そこのリハビリテーションセンターで働いてまして…
怪しい者ではありません」

驚かさないように、
安心させるように話しかけてくれた。

私は左手を少し上げる。

「ケガして…」

小さく呟いた。

その人は左手を見つめる。

「どの辺りが痛いですか?」

その声に、薬指をわずかに揺らす。

「…大丈夫です」

再び歩きだそうとする。

「待って」

その人はポケットの中を
探しながら、私の前に立った。

左手をとると、
薬指に巻かれる絆創膏。

「…心もね、リハビリしないと
固まっちゃうんだ」

その人は私の薬指を見ている。

「僕にも…似たような経験があります」

「食べて、寝る、
ちょっとだけ外に出る。
忘れないでください」

「…お大事に」

足音がゆっくり、遠ざかる。

私は左手に巻かれた絆創膏を見る。

…そうか。

ケガをしたのか。

その瞬間、頬が熱くなる。

ケガをしたなら、泣いてもいい。

痛いと叫んでもいい。

開いたままの心に、
雨が落ちてくる。

あの人は私に傘を渡さなかった。

それが嬉しかった。

雨に濡れたみずぼらしい私を、
誇っていいと言われたようだった。

それなら、私はまだ立っていられる。

歩いていける気がした。


今年も藤色の季節に雨が降る。

あの日の雨が、
去年の私を思い出させる。

雲の切れ間から光が差し込む。

「…お天気雨」

呟く私の隣で、透き通るような
水色の医療服が並ぶ。

「綺麗な景色だね」

繋ぐ指先に、あの日の絆創膏はない。

オレンジの光を優しく反射する
煌めきが、そこにある。

「…リハビリできたね」

私の微笑みに、
あなたが微笑み返す。

「…君の嫁入りが、
僕のところでよかった」

そのお天気雨の別名は
「狐の嫁入り」

私は優しい雨の日に、
帰る場所にたどり着いた。

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