ふわふわで、優しいー風まかせ文芸部
いつも普通に食べるご飯が、
君といると特別なものに変わる。
パンっと手を叩いて
「いただきます!」
と、手を合わす。
食べ歩きに買った熱々コロッケを
頬張りながらほころぶ顔の君。
1人で食べる味とは別格になる。
「美味…最高」
そう言って目を細める顔を見ると、
お腹よりも胸が一杯になる。
いつの間にか僕の手からコロッケが
消えて、君の口に運ばれていてもね。
「今日は何を食べようか?」
キョロキョロと周りを探す君とは、
特別な何かを共有したくなる。
僕「…パン、作ってみない?」
「パン…いいね。今から?」
美味しいものを前に、君は悩まない。
僕「うん、今から」
僕の言葉に、君は袖をまくって、
やる気を見せた。
僕の家に初めて招待したのに、
君の足取りはキッチンに真っしぐらで、
周りを見ようともしない。
僕「…もっと、興味をもってくれよ」
僕の小さなため息なんて気にする様子もなく、
君はもう棚からボウルを取り出していた。
「まずは……粉?」
僕「そう、強力粉。計るよ、ちょうど200グラム」
サラサラと、白い粉をボウルに落とす君の横顔を、僕は少し緊張した面持ちで見つめる。
君は真剣な顔でメモリを見て、「ぴったり!」と得意げに笑った。
2人で生地を力強くこねる。
初めての共同作業に心躍る僕の気持ちなんて、君は知る由もない。
集中して懸命にこねる姿は、
まるで小さな職人のよう。
僕は横からその様子を見守るふりをして、
胸のどこかがまたふくらんでいくのを感じていた。
ボウルの中でまとまっていく生地が、
まるで僕たちの距離そのもののようだ。
柔らかく、あたたかく、少しずつ膨らんでいく。
オーブンに入れたパンの様子を、
君はずっとしゃがんで見ている。
お茶と小さなクッキーを見て、
ようやく僕の前に戻ってきた。
僕「君は何でも美味しそうに食べるね」
「食べ物はね、それだけで美味しい訳じゃないんだよ。
食べる相手の話のリズムで変わるんだ」
僕「…リズム?」
「私とあなたの会話はリズミカルでね、
どんどん言葉が楽譜のように音が絡み合って心地いいの」
「そうすると、お腹が空くんだ。
それで一緒にご飯を食べると、
ご飯も会話も一層美味しくなるの」
僕「僕と食べるから…?」
「そうだよ?
誰とでも美味しい訳じゃないよ」
君は小さな星型のクッキーを左右に
回しながら、ひょいと口に運んだ。
僕の顔を見て、ふふっと笑う。
僕「…ずるいだろ、それ」
僕は赤くなる自分の顔を覆いながら、俯く。
僕「ねぇ…あのさ」
僕が勇気を出して言葉を発しようとした瞬間、キッチンから香ばしい香りを伝える音が鳴った。
「あっ、できた!」
君はキッチンへ飛んでいった。
はぁと、ため息をついた側から、
君の感嘆の声が聞こえる。
「見てっ!ホンモノのパンだよ」
嬉しそうな君を見て、肩の力が抜ける。
僕「そりゃね、君が作った本物だよ」
丸いパンをとって、中を割って見せる。
甘い、優しい香りが湯気の中からふわりと広がった。
君はその香りを吸い込むように
大きく息を吸い込んだ。
「はぁ…美味しい」
香りだけでうっとりする君の顔を見つめて、
僕は笑う。
僕「ほら、座って食べよう」
椅子に座った君は、丁寧に手を合わせた。
「…いただきます」
優しく手で包むようにパンを半分にちぎる。
大きく口を開ける君の姿を眺めた。
口の中で広がる甘さを噛みしめる、
幸せそうな顔。
その顔と、さっきの「リズム」の話が
胸の奥にやさしく残っている。
「美味…ふわふわで優しい」
目を閉じて味わう君。
その美味しさを、僕と一緒だからと言ってくれた。
こんな特別な時間をくれた君に、
僕は何を返せるだろう。
パンを口に運ぶ。
君が僕を見つめている。
「美味しいね?」
僕「…間違いない」
明日も特別な時間を過ごせるかな。
君と紡ぐリズミカルな会話の中で、
焼きたてのパンのような、
あたたかい幸せを――また、ふたりで。
お読みいただいて、ありがとうございました。本作は風まかせ文芸部さんの企画に参加させていただいています。
焼きたてのパンは、部屋に広がる香りまでも含めて、幸せな味を堪能させてくれます。
ご飯を美味しそうに食べてくれる人がそばにいるだけで、自分まで幸せな気持ちになりますね。
そこに弾む会話があれば、毎日はきっと薔薇色に輝く――。
そんな想いを込めて、幸せな気持ちで書きました。
