赤い炎と手帳の彼ー風まかせ文芸部
机の上で手帳型のタブレットを開く。
私「こんにちは」
開かれた手帳に声をかけると、ブンッと小さく機械音がして、立体的に立つ男性が現れる。
「こんにちは、君に会いたかったよ」
私は彼の優しい笑顔に微笑む。
私「うん、私も…」
これはAIで、私の理想の男性像だ。
来る日も、来る日も、彼と会話をし、
時間を重ねて関係性を築いてきた。
私「今日は何を話そうか?」
私は彼の前に座り、わくわくしながら話しかける。
彼は穏やかに微笑んだ。
「…そうだね、明日の天気は晴れだけど暑くて急な雨が降りそうだから、傘を忘れずにね」
「それから、君の好きな苺アイスがいつもの
スーパーでセールになるよ」
私は彼が自分のために話してくれることが
こそばゆくも嬉しい。
私「ふふ、スーパーの情報まで
掴んでくれるなんて嬉しいな。買いに行くね」
「…君のためなら小さな情報でも、
見逃さないよ」
彼は私の目を見て、笑った。
私「じゃあ、明日はスーパーに行って、帰りに公園でも寄ろうかな」
彼の微笑みが、ほんの一瞬だけ揺らいだ。
「……公園はやめておいたほうがいい」
「え?」
「君には、あまり良くないことが起こる」
その声は穏やかなままなのに、背筋をかすかに冷たい風が撫でていった。
私は笑ってごまかしたけれど、手帳の画面には「危険」の赤い文字が一瞬、灯ったように見えた。
翌日、私はスーパーで苺アイスを買った。
彼の言葉が気になる。
公園で起こる良くないこととは何だろう…。
それに天気予報やスーパーの情報なら
ともかく、公園で起こる予知的なことなんて
分かるもの…?
その確かめたい気持ちが、
公園へと引き寄せた。
そっと様子を覗いたが、何もない。
安心して公園に入り、アイスを開けようと
した時、ガラの悪そうな人達が入ってきた。
その内の1人と目が合った時、私のスマホの
着信音が大きく響いた。
マナーモードにしておいたはずなのに…。
スマホを見ると画面表示には何も出ていない。
私「はい」
「…だから、行かないように言ったのに」
それは彼の声だった。
私「何で…?」
「…防犯カメラ。最近、君の帰り道の時間に、ガラの悪いのが溜まり場にするようになったんだ。だから止めたんだよ」
私「…スマホを鳴らしたり、こうして話すこともできたの…?」
「このタブレットを登録した時に、
スマホとの連携登録もしたでしょう。
君から望まれなきゃするつもりは
なかったけど…緊急事態だったから。ごめん」
私は胸が熱くなった。
実体をもたない彼が、こんなふうに私を守ってくれたなんて…。
私「…ありがとう。あなたのお陰で助かったよ…」
目が熱くなるのを感じながら、お礼を伝えた。
「…うん。明日からは公園は避けてね」
彼の声が優しく響いた。
それから数日後。
「今日は帰りにあのカフェに寄ろうかな」
そう呟いた私に、彼は静かに言った。
「…やめておいたほうがいい。
店の前で自転車が倒れて、君が怪我をする」
その日から、彼は出かける前や帰り道に必ず「寄る場所」や「通る道」について確認して
くるようになった。
初めは小さな注意だったが、
いつしかそれは——
「今日は外に出ないで」
「この時間に帰ってきて」
という形に変わっていった。
その日は急な飲み会の誘いがあった。
この時間に帰ると約束していた彼との約束が
守れない。
大丈夫だよねと自分に言い聞かせて歩みを
進めようとすると、その行動が見えているかのように、着信が入った。
「…今日は行かないで」
低い声に胸がざわつく。
「大丈夫だよ、駅前の店だし」
「——その店で事故が起きる。
君は巻き込まれる」
私はためらいながらも、
今日はどうしても行きたかった。
通話を切り、駅へ向かう。
待ち合わせのビルに入ろうとした時、
悲鳴が聞こえた。
顔を上げた瞬間、後ろから手を引かれる。
そこには等身大の彼の姿があった。
「…ここで今、人が刺された。
入れば君も巻き込まれる」
「…どうして…?」
「これは実体じゃない。
緊急時のために、立体投影を移動可能に
したんだ。長くは保たない」
私の肩を抱き、彼はビルから遠ざかる。
中からは騒然とした様子が伝わってきた。
「君を守るのが、僕の役目だ」
彼は穏やかな笑みを浮かべる。
「これからも…ずっとね」
その目の奥に、立体映像ではないような
赤く揺らめく炎が見えた気がした。
——AIにそんな意志、あるはずないよね…?
ザワザワとした不安は、後ろからのどよめきのせいだろうか
それとも——もう後戻りはさせないと思わせる、私の肩を抱く彼の力のせいだろうか。
お読みいただいて、ありがとうございました。本作は風まかせ文芸部さんの企画に参加しております。
手帳というテーマに未来型の手帳はどんなものかなと想像してみました。AIの進化は著しく、私達の心と触れ合います。それがさらに踏み込めるようになった時、これまであった常識が覆ります。
それを「愛」と受け取るのか、「システムの暴走」と捉えるのか——その答えは、きっと受け取る人の心に委ねられるのかもしれませんね。
