ルッキズムな社会の中で自分を愛せる子に育てたい
うちの子はまだ産まれていないが、おそらく美形ではないことはほぼ確実だ。
何故なら、われわれ両親が美形ではないから。
両親共に眉毛が濃い
両親共に唇が厚い
父の瞼はがっつり一重
母の瞼は生まれた時に一重で、高校の時痩せて二重になった(整形と言われても仕方がない)
両親共に体毛も濃いめ
母の身長は平均より10センチも低い
体感でしかないが…
二重が可愛いの最低基準かのような
二重整形くらい、誰でもやってると言われている、当たり前のような
そんな中、我が子は一重瞼で生まれてくる。
しかも眉毛はボーボーで、たらこ唇だ。
美人とは言い難い。
小中学生、高校生の【可愛い】には当てはまらない。
どう育てれば【この顔も悪くはない】と思いながら生きていけるか
私は、夫の一重まぶたはかわいいと思っているし、夫と同じ顔の女の子でも男の子でも、生まれてきたら溺愛するに違いない。
毎日、かわいいかわいいと言って育てる。私に似ていてもかわいいと言うだろう。
でも、インターネットやらなんやら、情報量がとても多い。
自らの見てくれを嫌いになりすぎず、病みすぎず、まあ可愛くはないかもしれないが、これはこれで。と思って生きていってほしい。
私と夫は、どうやってこの顔を受け入れてきたのだろうか。
自分の顔がとても美しいとは思わないが、夫がかわいいと言うので、まあいいかと思っている。
私も、夫にかわいいと言うからなのかはわからないが、「結婚後はもういいから」とか言って、髪型や服装は動きやすさや着やすさ重視になった。
かっこいいと言われた方が嬉しそうではあるが、私がかわいいねと言えばにこにこしている。
我が子には、いつでも「かわいいね攻撃」をしまくることにする
両親から、見た目に限らず、可愛がられまくった幼少期を過ごせば、多少の「ぶす!」と言うような悪口にも耐えられるのでは???
いやー、激しいいじめなどに合ったらむりか。。。
この、美形でない遺伝子を引き継がせるにあたり、可愛くなさの受容ができる子に育てるのも、親の責任なのかなあとか
思うんですよね。
どんな姿形で産まれても、自分の人生における幸せを、自分で感じ取り、享受し、自ら人生に希望を見出して、生きることを諦めない人間に育てたい。
そのためにできることならなんでもしたい。
なんとか幸せに生きていってくれー!!!
産まれてないけど!!!
母ちゃんは産まれる前からかわいいと思ってるぞ!!!
の気持ち。
人と比べすぎずに、努力して、自分を愛してる人がかっこいいよねっていう空気感、もっと強くならねえかな〜〜〜。
まずは私がそうならんとかな。
