「知っているのに、何もしていなかった。」
考えるために、人は学ぶ。
うちには保護犬がいます。
今ではすっかり過保護犬ですが(笑)。
殺処分寸前のところを保護団体に救われ、
いくつもの縁を経て我が家にやってきました。
つまり、この子は
本来なら生きていなかった命です。
今日は犬の話をしたいわけではありません。
犬を家族に迎えてから、
ペット業界や動物福祉の問題について
多くのことを知りました。
殺処分。
ペットショップの構造。
命が商品として扱われる現実。
文章で問題を訴えることはできます。
でも実際に書いてみて気づきました。
「へぇ、ひどいね」で終わってしまう。
それでは何も変わらない。
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本当の意味で社会が変わるのは、
知ったときではなく、意見を持ったときです。
人は「知っている」だけでは行動しません。
自分の考えを持ったとき、
はじめて体や心が動き始める。
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私たちは多くの社会問題を
ニュースで目にしています。
環境問題
いじめ
国際問題
格差
地球温暖化
でも、
「どう思う?」
「なぜ起きていると思う?」
そう聞かれると答えられない。
それは
知識ではなく“見出し”を知っているだけだから。
Yahooニュースで見た。
LINEニュースで流れてきた。
誰かが解説していた。
――「知っているつもり」。
でも、自分の意見はない。
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意見がないことは、
意思がないことではありません。
けれど、
意見がない状態=関心がない状態
になってしまう。
これは、
かつての自分自身への反省でもあります。
殺処分問題についても同じでした。
知っているつもりだった。
でも何もしていなかった。
不勉強だったのです。
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問題を変えるのは、
大きな誰かではなく、
小さな意見の集合と
小さな行動の積み重ね。
そのためにはまず、
意見を持てるところまで学ぶこと。
誰かに与えられるのではなく、
自ら学ぶこと。
そこまでいって、
はじめて「関心がある」と言えるのだと思います。
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問題を解決するために。
考えるために。
私たちは学ぶのだと思います。
これは、
私自身への反省です。
