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《ナニカ、降臨。役員室:完全顕現》

役員室の空気が、
ついに“パンッ”と張り裂けるような音を立てた。

カーテンが勝手に揺れ、
資料がふわりと舞い、
社長のネクタイだけピンポイントで直角に立ち上がった。

「……あ、あの……社長、ネクタイ……」
専務Aが震える声で言う。

社長は真顔で返す。
「重力より先に会社が俺を立ててるんだ。」

誰も突っ込む余裕がない。

副社長は胸を押さえ、
さっきから心臓の鼓動と共に“低音”が鳴っている。

ボン……ボォォン……
ボン……ボォォオオン……

まるで副社長がスピーカーになってしまったようだ。

専務Bがこわごわ言う。
「…低音、上がってきてますね。」

芹沢本部長は冷静そのもの。
「ええ、来ますよ。完全顕現は、いつも低音からです。」

いや“いつも”ってなんだ。

低音がピークに達した瞬間、
役員室の床がふわっと盛り上がった。

本当に、“膨らんだ”。

そこから、
黒い煙のようで煙じゃない、
影のようで影じゃない、
形のようで形じゃないモノがスルッと浮かび上がってくる。

「……おい芹沢、アレはなんだ」
社長が声を抑えて聞く。

芹沢は目を細めて答えた。

「ナニカ です。」

言ってることは正しいが、説明としては0点。

副社長の胸の鼓動がさらに強くなり、
影のようなモノはそれに呼応するかのように、
人型に“ほぐれて”いく。

輪郭が揃って、
肩が形になって、
首が細く伸びて——

そして、あろうことか、
顔だけは“ぼやけた副社長” になった。

副社長本人が絶叫する。

「いや俺じゃん!!!
 俺の“影”か何かか!?!?」

社長は震えながらも冷静に見ていた。

「いや……声と肩幅が微妙に違う。
 あれは“別の副社長”だ。」

“別の副社長”という概念がもう怖い。

その“ぼや副社長”は
口元だけをニタァッと歪ませて言った。

「……トエ……トエェ……」

まるで
“副社長の心の奥で未処理の会議議事録が喋り出した”
みたいな声音。

専務Aが青ざめて呟く。

「副社長の……心の“残留思念”とか……?」

専務Bがさらに青ざめて付け加える。

「いや、むしろ……副社長が一度だけ言わずに飲み込んだ“本音”とか……?」

全員が息を飲む。

副社長は震えながら叫ぶ。

「やめろぉぉぉ!!!
 俺の本音を具現化するな!!!
 シャレにならん!!!
 給与テーブルのこととか!!
 会議で“絶対違うと思ってた”やつとか!!」

その瞬間、“ぼや副社長”の輪郭がさらに歪む。

そしてはっきりと喋った。

「——ボーナス……
 ……ほんとは……もっと……ほしかった……」

役員室、全員固まる。

社長が顔を覆う。

「いやそれは……みんなそうだろ……」

芹沢が微妙に目をそらす。

「副社長……意外と俗っぽいんですね……」

副社長は叫ぶ。

「こんなん顕現させるなぁぁぁ!!
 俺の“闇の本音パート”暴くのやめろ!!
 会社人生に響く!!」

そのときだ。

“ぼや副社長”の顔が急にパキッと整い、
輪郭がはっきり形になり始める。

芹沢が息を呑む。

「……まずい。
 このままだと、“ナニカ”が実体化して
 本物の副社長の“替え”になる!」

全員「替え!?!?」

社長が叫ぶ。

「替えの副社長なんか会社が混乱するだけだ!!
 おまけに多分そっちの方が気が強そうだ!!」

専務Aが震えながら叫ぶ。

「止めましょう!!!
 誰か呪文を——!」

そこで芹沢が立ち上がり、
胸の手帳を開いて叫んだ。

「トエ!!!」

同時に副社長も叫んだ。

「トエェェ!!」

役員室全体がまぶしく光った。

“ナニカ”はバシュッと弾け、黒い霧になり、
床へ沈み込んでいく。

跡形もなく。

ただ、副社長の胸だけが、
ほんの少し温かく光っていた。

社長がゆっくり言う。

「……大丈夫か?」

副社長は肩で息をしながら答える。

「……はい……
 ただ……もうひとりの俺、
 ちょっとだけ羨ましかったです……
 “言いたいこと言ってたから”……」

社長がぼそっと返す。

「じゃあ今度の会議は……言っていいぞ。」

副社長は固まった。

その“覚悟が必要な優しさ”が一番怖い。

そして誰も言わなかったが、
床の奥からほんの一瞬だけ、
また低い声が響いた。

……トエ……

それは、
完全に終わっていない合図だった。

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