Photo by
komaki_kousuke
風の手紙|シロクマ文芸部
春の風が、洗濯物をふわりと揺らした。
佳乃はベランダに出たまま、その風を少しだけ楽しんだ。
東京を離れて一年、慣れない土地にも春はきちんと巡ってくる。
その日、郵便受けに一通の封筒が届いていた。
差出人も宛名も書かれていない。
中には、一枚の便箋とチラシが入っていた。
《この春、あなたに届きますように。》
便箋は見覚えのある淡いクリーム色。
昔、彼がよく使っていたものだった。
手にしただけで、あの春の午後が思い出された。
駅のホーム、言い出せなかった言葉。
引き止められなかった背中。
チラシは、小さなギャラリーの展示案内だった。
《風の会 展示会 4月1日より開催》
翌日、佳乃はそのギャラリーを訪れた。
白い壁に並ぶ作品の奥、「風の手紙」というコーナーがあった。
誰かに届けたくて書かれた短い文章が、風に揺れる布に縫いとめられている。
《伝えられなかった言葉を、風に乗せて。いつか、また会えたら》
その筆跡を見た瞬間、胸がぎゅっと熱くなった。
そして、懐かしさが滲んでくる。
ふと気配を感じて振り返ると、向こう側に立っていたのは、やっぱり彼だった。
数年分の時間が流れた顔で、でも、あの頃と同じ目をしていた。
言葉はなかった。ただ、お互いの存在だけで充分だった。
春の風が、二人の間に残った距離を、やさしく越えていった。
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