正論が苦しいのはなぜ?彼との会話で気づいた『論理と感情のスライダー』の話💡
はじめに
こんにちは!🌞
今日は、彼と喧嘩した日のことから
気づいたことを書いてみようと思います。
喧嘩のきっかけは、新生活の準備をしていたときのことです。
ちょっとした勘違いから、私はすごく不安になってしまいました。。。
彼がひどいこと言ったわけでもないし、
むしろ現実的でいい考えだったと思います。
詳しい内容はここでは書きませんが、
「確認すれば安心できる」
だけど、その結果によっては別の人に負担が生まれるかもしれない。
「確認しないまま進む」こともできる。
でもその場合は、不安を抱えたまま過ごすことになる。
こんなふうに、
どちらを選んでも少し引っかかるような状況でした。😓
迷った私は、その気持ちを彼に相談しました。
すると彼は、現実的な選択肢をいくつか提示してくれました。
とっても合理的で、筋の通った考え方でした。
でもそのときの私は、
その言葉を冷たく感じてしまったんです。。。💧
本当は責められているわけじゃないのに、
責められているように感じてしまいました。
その違和感から、
少し言い合いのような空気になってしまいました😨😱
男女の会話では、よくあることかもしれませんね。
ただ話を聞いてほしいだけなのに、
論理的に正論を言われて
「そうじゃないんだよお🥲😭」
ってなること、ありませんか?
もしかしたら、その逆もあるかもしれません。
あとから振り返ると、
「正しさ」の問題ではなく、
論理と感情のバランス
が大きく関係があると思いました!!
今日は、私がその時に感じた
“論理と感情のスライダー”の話
を書いてみようと思います🍀
① 小さな出来事から始まった不安
新しい環境に向けて準備をしていたとき、
滞在先のことで少し気になることがありました。
最初は「大丈夫だと思っていたこと」でした。
でも案内をもう一度確認してみると、
もしかすると少し違う可能性があるかもしれない、と気づきました。
調べてみると、
OKの場合もあれば、NGになる場合もある。
もし確認してNGだったら、
状況が大きく変わってしまうかもしれない。
でも、確認しないまま進んで
あとから「やっぱりダメでした」となってしまったら、
それもまたリスクがある。
確認した方がいいのかな
でも、確認したことで状況が変わってしまったらどうしよう。。
そんなふうに考えているうちに、
不安が一気に膨らみました。
一度不安になると、
「もしこうなったら」
という想像がどんどん膨らんでいきました。
ネガティブが止まらなくなってしまいました。😶🌫️
心のどこかでは「一度聞いてみよう」
とぼんやり決まっていましたが、
その不安を一人で抱えるのが苦しくて、
彼に相談しました
彼は仕事で疲れた様子でしたが、
いくつかの現実的な選択肢を
提示してくれました。
でも、なんかモヤモヤしました。
そして、少し悲しい気持ちにもなりました😢
② 私が本当に求めていたもの
現実的な選択肢を提示することで、
私を安心させようとしてくれていました。
でも、最初に提示してくれたその選択肢・言い方・声のトーンが
なんか責められているような感じてしまいました。
なんかモヤモヤする。
そして、だんだんイライラしてきてしまいました😠
今振り返ると、そのときの私は
解決策よりも先に、
ただ寄り添ってほしかったんだと思います。
「不安だよね😞」
「大丈夫だよ😌」
そんな一言が欲しかったです。
問題をどうするかより、
この不安な気持ちを一人にしないでほしかったんです。
正論なのに苦しい。
責められているわけじゃないのに、
責められている気がする。
その感覚の正体が、
そのときの私はまだ分かりませんでした。
③ 論理が膨らむと、感情が圧縮される
少し時間が経ってから、
ひとつ気づいたことがありました。
人の会話には、
見えないバランスみたいなものがあるんじゃないかな
って思ったんです。
それが
論理と感情のバランス。
どっちも大事ですよね。
でも、不安な出来事が起きたとき、
どちらかが安心しようとして論理を強めたことで、
相対的に感情が圧縮されたんじゃないかと思いました。
イメージとしては、
頭の中にスライダーがある感じ。
左右に「感情」と「論理」があり
真ん中の境界線が左右に動くことで割合が変わる。

たとえば最初は
論理50%
感情50%
だったとします。
問題を解決しようとして
論理が80%まで強くなると、
相対的に
感情は20%くらいまで小さくなる。
すると感情側は、
なんだか押しつぶされるような感じがしてしまうんです。
そんな現象が起きてたのではないかと感じました🌱
そのとき感情側は、
「分かってもらえていない😢」
「気持ちを置いていかれている😞」
「正論で押されている😖」
と感じやすくなる。
でもここで大切だなと思ったのは、
論理が強い側は
決して責めているわけではない
ということです。
むしろ、
安心させようとしている。
問題を解決して、
不安を減らそうとしているだけ。
つまり、
優しさがないわけじゃなく、
安心の方法が違っていただけ。
論理は「解決」で安心し、
感情は「共感」で安心する。
どちらが正しいかではなく、
安心の言語が違っただけだったんだと気がつきました💫✨
④ 距離を感じたのは、気持ちが離れたからではなかった
論理的な対応をされると、
なんだか距離を感じてしまうことってありませんか?
「冷たいのかな…」
「もう気持ちが離れてしまったのかな…」
そんなふうに思ってしまうこともあるかもしれません。
でも、少し時間が経ってから、
私はふとこう思いました。
彼の気持ちが離れたからじゃなくて、
彼が余裕をなくしているだけなのかもしれない。
問題をどうにかしようとして、
感情より現実の方に意識を向けているだけ。
優しさがなくなったわけではなく、
ただ優しさを表現する余裕が少し減っていただけなのかもしれません。
逆に、感情の方が強くなりすぎると、
今度は論理の方が押しつぶされてしまう。
彼が責められている感じがするのかも。
そう考えてみたとき、
あのとき感じていた苦しさの正体が、
少しだけほどけたような気がしました🌱
喧嘩はしていないけれど、モヤモヤが溜まった日のことも綴ってます↓
⑤ 論理と感情は、対立ではなく補完
今回のことで、
論理と感情は対立するものではなく、
お互いを補い合うものなんだなと改めて感じました。
論理だけだと、
どうしても少し冷たく感じてしまうことがある。
でも、感情だけだと
不安が解決しないまま残ってしまうこともある。
きっと、
どちらも必要。
優しさの形なんだと思います🌿
不安なときほど、
「どちらが正しいか」
を考えるより、
「今、どちらが安心できるだろう?」
を共有することが大切なんだと気づきました。
その場面ごとに、
論理が必要なときもあれば、
感情が必要なときもある。
どちらかを否定するのではなく、
そのとき必要な方を選べばいいと思います‼︎🌟
このnoteでは、
「自分を後回しにしてしまう優しい人へ」
心の整え方や気づきを発信しています🫧
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みなさんは、
論理と感情のスライダー、どちらが強くなりやすいですか?☺️🌿
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