「なんでできないの」が腑に落ちた日
夫の洗い物が、謎だった。
白い器にトマトソースのオレンジ色が残っていたり、青いネギがついていたり。 私からしたら「ありえない」レベルなのに、どうしてこれで、洗い物をしたと言えるのか。
やり始めたのがここ数年の話だから、仕方ないのかとも思いました。
しかし、あまりにもひどすぎる。ときには、洗剤も残っているんです…。
最初は純粋に腹が立っていました。 「なんでこれでいいと思ってるの?」と。
洗い物くらい、どうしてまともに出来ないのか。
そしたら娘に、こう言われました。
「それって、求めている完成度が違うだけじゃないんじゃないかな?もしかしてだけど」
…その視点は、全くなかった。
私にとっての洗い物の完成は、汚れが全部落ちてお皿がキュッキュッとなっていること。 でも夫にとっては、泡をさっとつけて水で流せば、それで完成なんじゃないか。
そうだとしたら、やろうとしていることが、そもそも違う?
そんなこと、考えたこともありませんでした。いまのいままで。
つまり、「洗い物が完了する地点」が、最初から違っていたのです。(たぶん)
完了地点が違うのだから、結果が違って当然だった。 私は自分の完成度で見ていたから腹が立っていたけれど、彼にとっては「十分やっている」だったんですよね。(たぶん)
これって、洗い物だけの話じゃないと思うんです。
「なんでこれができないの?」と思う時、たいていは自分の中の完成度を相手に求めています。 自分の理想、自分の「これが完成だ」というスタイルを、相手も持っているはずだと思ってしまっている。
相手も同じ地点を目指しているのに届いていないなら、そこに向けて一緒に考えればいい。 でも、そもそも目指す地点が違った場合——すり合わせもせずに「なんでできないの」と言っても、できるはずがない。
これ、誰も幸せにならないですね。
どっちが正しいかの話じゃなくて、完了地点がズレていただけ。 そのズレに気づかないまま、相手を自分の物差しで測り続けていたんだな、と思いました。
娘の一言がなければ、たぶんずっと謎のままでした。
日常の中にある「なんで?」は、案外、自分の思い込みの裏返しかもしれません。
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