AIの波に飲み込まれそうな私が、それでも書き続ける理由
去年の4月、初めてChatGPTに課金しました。
その時点でも「すごいな」とは思っていたけれど、
まだ人間の書く文章には及ばないと高をくくっていました。
とてもじゃないけど、そのまま載せられる文章じゃないよ、って。
でも1年経った今、その感覚は完全に裏切られています。
正しい指示さえできれば、
ライターでなくても文章は書ける時代になってしまいました。
ということは……
求められているのは、書く「ライター」ではなく、
指示を出す「ディレクター」。
そんな言葉が、じわじわとリアルに感じられるようになってきました。
適切な指示ができれば、
文章を書くだけのライターはいらない。
実際、ライターを辞めていく人の声も聞こえてきます。
私自身も、去年は仕事が減りました。
それでも私は、書くことをやめようとは思いませんでした。
なぜなら、
私が書いているのは文章ではなく、
人生そのものだからです。
思えば、私の人生はピンチの連続でしたよ…。
娘に「なんでそんなに大変なことばかりなの? 尻に火がつきっぱなしだね」と言われたこともあります。
笑えるような、笑えないような話ですが、そのとおりなんです。
ライターになったのも、そんなピンチがきっかけでした。
会社をリストラされたのは、今から10年ほど前のこと。
その前から、いつかフリーランスになりたいという
気持ちはありました。
(詳しいプロフィールはこちらから)
私は文章を書く前に、アロマも学びました。
カウンセラーにもなろうとしました。
でも違いました。
人を受け止める仕事より、
私は「伝える仕事」の方が好きだったんです。
リストラというピンチが、そのことを教えてくれました。
「こんなピンチはなかなかない。だったら好きなことを突き詰めよう」と、根拠のない確信だけを持って、ライターになりました。
そして今、また火がついています。
AIという、10年前とはまったく違う種類のピンチです。でも今回も、私は同じことを思っています。
私の経歴は、私にしかありません。リストラされたこと、公務員を目指したこと、アロマもカウンセラーも試して「違う」と気づいたこと。
10年間フリーランスとして生き残ってきた経験も、その中で考えてきたことも、全部私だけのものです。
AIがどれだけ精度を上げても、「何を伝えたいか」という意志まで持つことはできない。私がnoteで書いているのは、まさにその意志の部分です。
ライティングという手法がAIに置き換えられたとしても、私のライティングへの考え方や、発信したいこと、積み重ねてきた経験は、消えません。
私ね、とにかく文章を書くのが好きなんですよ。
ブログも日記もレビューも、そしてノートも。今はショートショートなんかも書いてます。
好きだから書いていきたいし、書いていくことを続けていくために、それで稼ぎ続けなきゃいけないんだけど、でもやってることは好きなことなので、全く苦にならないです。
稼ぐために書くのか、書き続けるために稼ぐのか、どっちが先だかわからないですが、続けていくことには、変わりない。
「尻に火がつきっぱなし」の人生だけど、振り返ってみると、その火がなければ今の私はいなかった。確実に。
ピンチのたびに、私は好きな方を選んできました。それが正解だったかどうかは、まだわかりません。でも少なくとも、後悔はしていないんです。
もしあなたも今、何かのピンチの中にいるとしたら。
その火は、もしかしたら次のステージへのジャンプ台かもしれません。
AIはこれからもっと進化するでしょう。
5年後には、
今よりもっと多くの仕事が変わっているかもしれませんね。
でも私は、
その時も書いていると思います。
なぜなら、
文章を書くことが仕事だからではなく、
文章を書くことが、
私の生き方だからです。
今日の納得解
🔶最適解:AIに奪われないスキルを磨く
🔵納得解:AIに置き換えられない「意志」を書く

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