神谷英慶VS蜂窩織炎?完結編
上野大会当日は朝からタクシーに揺られていた。
前日の夜に緊急病院にて蜂窩織炎と診察され、腕は腫れあがり炎症を起こし、身体の内側からは沸々と湧き上がるような熱が出ている。
人間40℃の熱が出ると自転車に乗るという選択肢は頭の中から跡形もなく抹消される。
抗生物質を飲みさえすれば、炎症もおさまり、熱も下がるだろうと楽観視していた自分がとんだ愚か者だった。
日曜日も開いている病院は人に溢れていて、熱でぼんやりする身体は病院のソファーに沈み込んでいくようだった。
病院ではなんでもっと早くこなかったのか?と強めに言われて、点滴を打ってくれない緊急病院への怒りをなぜか自分に向けられているような気さえした。
点滴を3本も打って、傷口の膿を出すために麻酔を打って切開する。
言葉にするととても痛そうな治療だが熱が出ていたので、ぼんやり天井を見つめていたら処置は終わっていた。
そこから3日間ほど毎日点滴生活。
点滴を打つと、少し熱が下がり、ご飯が食べられて薬が飲める。
緊急病院でもらった抗生物質は効かないからという理由で新しい薬を出してもらう。
薬を飲んで寝て、熱が上がり、痛み止めと炎症止めのロキソニンを飲んで熱が下がったら、ご飯を詰め込んで薬を飲む。
それでも蜂窩織炎はどんどんと炎症している部分が広がっていく。
増えすぎる白血球。
時折急上昇する熱。
悪化する血液の数値。
このままだと命に関わるし小さな病院ではこれ以上はもう無理だということで、問答無用で総合病院にタクシーで搬送。
タクシーの中で、熱で浮立つ身体は正直なところ少しだけ安心していた。
ここから先は
1,447字
/
1画像
¥ 300
Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
