デスマッチとひさしぶりのTシャツと4月4日(試合ふりかえり)
先日の新木場大会で思った以上に深い傷を負ってしまった。
縫うほどではないけど、傷口をそのままにしておくと感染症などのリスクを伴う。
自分も蜂窩織炎になって、大変苦しんだことがあるから4月4日の試合ではTシャツを着て試合に臨んだ。
デスマッチが好きなお客様がいて、怖いもの知らずの頭のネジが飛んでいる戦いを期待する人がいるのも理解はできる。
けれど、そこは選手として自分を守る選択をしたと胸を張って言おうと思う。
自分の身体を削って、削った分だけレスラーとしての説得力という名の凄みが増していく。
ある意味傷があることが評価につながる時すらある。
それはきっと、プロレスを見ている人にこの世界のリアルな過酷さを視覚的に教えてくれるからだと思う。
だから、プロレスラーは自分たちがもっと過激な技をアイテムを受けられるんじゃないか?と考えてしまう。
ここで引いたら、逃げなんじゃないか。
そんな考えが頭をよぎることだってある。
けど、自分は一度身体が壊れる側に振り切れた。
蜂窩織炎でまともに動けなくなったあの時間は、試合で受けるダメージとはまた違う種類の苦しさがあった。
戦えないということ。
リングに立てないということ。
それよりも痛いし、傷が熱を持って動けない。
それは、自分にとって何よりも重たい現実だった。
だから今回は、少しだけブレーキをかけられた。
Tシャツ一枚のことかもしれない。
けれど、その一枚の判断の裏にはこれからもリングに立ち続けるための選択がある。
無茶をすることだけが強さじゃない。
続けることもまた、強さなんだと思う。
その上で、それでも身体を削ると決めた時には、ちゃんと削る。
その覚悟もまた、プロレスラーとして必要なもの。
今回の選択がどう見えたかは人それぞれだと思う。
物足りないと感じた人もいるかもしれない。
けれど、自分の中ではしっかりと意味のある試合だった。
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