100年続いた角打ちの話
先日、「立ち飲みに通う理由」という記事を投稿しました。
今回の話は、元々はその記事の中で書こうと思っていた内容なのですが、そこまで書くとかなり長文になりそうだったため、いったん触れるのをやめました。
ただ、やはりこれは記事として残しておきたいと思い直しまして、改めて書いてみることにしました。
ということで今回は、一軒の角打ちのお話です。
(角打ちとは、立ち飲みコーナーを併設した酒屋さんのことです)
〈浅見本店、という酒屋さん〉
少し前のこと。
久しぶりに、浅見本店という角打ちへ行ってみようと思いました。
この店は、私は年に数回足を運ぶ程度で、頻繁に通っていたわけではありません。
ただ、昔ながらの角打ち然とした風格のある佇まいが好きで、近くまで行けば、ふらっと立ち寄る店でした。
ところが、行ってみると、もう店がありませんでした。
建物ごとなくなり、更地になっていたのです。
私はしばし、更地の前で呆然と立ち尽くしました。
一体どういうことなのか。その場で調べてみると、浅見本店は今年2月28日をもって閉店していたことがわかりました。
〈横浜でも最古級といわれた角打ち〉
浅見本店は明治時代に創業し、横浜でも最古級といわれていた角打ちです。
閉店するまで使われていた建物も、戦後間もない昭和23年に建てられたものだったそうです。
高い天井と神棚のある、昔ながらの酒屋さんらしい建物でした。
通りに面した部分にはドアがなく、店内から外を行き交う人や車を眺めながら飲むことができました。
私にとっては、まさに「ザ・昭和の角打ち」という感じの店でした。
ここには顔を覚えてもらうほど通っていたわけではありませんが、開放的な店内で、たまたま居合わせた人と少し言葉を交わすこともよくありました。
〈一軒ずつ静かに消えていく〉
横浜は港町です。
かつて港やその周辺で働く人たちの日常には、一日の仕事を終えたあと、酒屋の一角で一杯飲んで帰る角打ちの文化がありました。
浅見本店の近隣にも、以前は多くの角打ちがありました。
しかし、時代とともに酒屋そのものが減り、昔ながらの角打ちも少しずつ姿を消していきました。
店を切り盛りする人が高齢になる。
古い建物を維持することが難しくなる。
採算の問題。
閉店の理由はそれぞれでしょう。
浅見本店は、借地契約だった土地の返還や建物の老朽化、経営者の高齢化などを背景に閉店したと、ネット上の情報からは読み取れました。
とても残念ですが、やむを得なかったんだと思います。
〈積み重なった時間は造れない〉
新しい立ち飲み屋は、今も各地にできます。
明るくて入りやすく、料理もそれなりに充実していて、立ち飲みに馴染みがない人でも気軽に入れる店も増えました。
私も、そういう店は好きです。
ただ、昔からある酒屋の一角で飲む角打ちには、新しく造られた立ち飲み屋とは違うものがあります。
古い建物。
長い間使われてきた木のカウンター。
いつから貼ってあるか分からない掲示物。
何十年も通う常連と、店主とのやり取り。
古めかしい内装を新しく造ることはできても、そこに積み重なってきた年輪や風格まで再現することはできません。
できることなら残ってほしかった、と心から思います。
ただ、たまに飲みに行くだけの私が、店側の事情も知らずに、「文化だから残してほしい」と言うのは、少し勝手なのかもしれません。
足しげく通っていたわけでもないのに、なくなってから残念がっているのですから、我ながら随分と都合のよい話です。
〈一年前には、普通にそこにあった〉
昨年、会社を辞めた私は、自己表現の場としてYouTubeチャンネルを始めました。
この浅見本店は、私がYouTubeを始めて2本目の動画で訪れた店です。
たしかお盆時期だったと思います。
真夏の暑い日、朝一でスーパー銭湯へ行った帰りに立ち寄ったんです。
そのときは、まさかその半年後に店が閉まり、建物までなくなるとは全く思っていませんでした。
実際、その日以降も2回ほど飲みに行った記憶がありますが、いつもと変わらない様子でした。
動画の中で私は、
「こういう角打ちには、いつまでも残ってほしい」
という趣旨のテロップを入れています。
このときは、銭湯帰りに一杯やろうと、たまたまこの店を選んだだけでした。
それが今となっては、もう二度と立ち寄ることのできない角打ちの姿を残した、ある意味アーカイブ映像のようなものになってしまいました。
昨年8月の浅見本店は、こちらの動画に残っています。
浅見本店のシーンは、2分11秒頃からです。
このサムネイルだけでもお店の雰囲気は伝わると思いますが、もしよろしければ。
〈形あるものはいずれなくなる〉
今残っている古い角打ちも、永久に続くことはないでしょう。
どんなに立派な会社にも、どんなに流行っている店にも、いつかは必ず終わりが訪れます。
ただ、街の酒屋さんや昔ながらの角打ちは、個々の店の事情もさることながら、酒販店を取り巻く産業構造の変化の中で、全体として急速に数を減らしている事実もあります。
そんな中で私にできることは、ただ、行きたい店には、行けるうちに行っておく。
飲みたい場所では、飲めるうちに飲んでおく。
そして、その場所の空気を覚えておく。
そんなところでしょう。
浅見本店があった場所は、更地になっていました。
更地を眺めてみると、案外広い敷地でした。
跡地に何が建つのかわかりませんが、小規模なマンションでも建ちそうだな、なんて思いました。
街が変わっていくのは、仕方のないことです。
寂しいことですが。
