駅のベンチで会いましょう第3話「駅のベンチが震えた日」
まえがき
廃線になった駅にぽつんと残された、ひとつの古いベンチ。
そこにそっと腰をかけた人だけが体験できる、不思議な旅があります。
今回お届けするのは、「駅のベンチが震えた日」。
20年前の大きな地震の日、すれ違ってしまった二人。
交わされるはずだった約束、伝えられなかった言葉。
その想いを胸に、ひとりの男性が駅のベンチに座ります──
本文:駅のベンチが震えた日
片桐みかん
大きな地震が起きた日、晃一(こういち)は約束の場所にいた。
手には七海(ななみ)の好きなケーキと小さな花束。
ポケットの中には、婚約指輪。
この日、プロポーズする予定だった。
けれど、待ち合わせ場所の神戸タワーに、七海は現れなかった。
あの地震の混乱の中、連絡はつかず、彼女の行方もわからなかった。
晃一は幾日も、幾日も、七海を探した。
──そして、今日。
あの日からちょうど20年が経った。
晃一は静かに、廃線の駅のベンチに腰を下ろした。
いつもより風がやさしく吹いている。
ベンチに座ると、時間が逆流しはじめる。
晃一は、あの地震が起きる1時間前に戻っていた。
改札を抜け、神戸タワーへ向かう。
彼は七海の好きなケーキ屋に立ち寄り、小さな花束も買った。
ポケットには、変わらず、婚約指輪。
そのころ七海もまた、家を出た。
今日は少し特別な気持ちで、お気に入りの服と靴を選んだ。
バッグの中には、晃一への返事を書いた小さな手紙。
彼女は、いつもの道ではなく、川沿いの道を歩いた。
──運命が変わった。
二人は、神戸タワーの前で再会した。
晃一は震える手で、七海の目を見て言う。
「七海、結婚してください。」
七海は、うるんだ目でうなずき、
晃一は指輪を彼女の右手の薬指にはめた。
その瞬間──
晃一は駅のベンチに戻っていた。
もう一度、七海に会えて、
もう一度、あの言葉を伝えられて、
彼は静かに立ち上がった。
改札へ向かう途中──
ひとりの女性とすれ違った。
その女性の右手の薬指には、
あの日の指輪とよく似たものが、静かに光っていた。
駅のベンチが、ほんの少し、震えた気がした。

あとがき
人生に「もしも」はないと言われます。
けれど、想いが深く、祈りが切実であるなら──
「もう一度だけ」を叶える場所が、どこかにあるかもしれません。
駅のベンチは、黙ってそこにあります。
誰かの時間を、そっと包み込むために。
シリーズ紹介文(再掲)
廃線となった駅に、今もひっそりと残された一脚のベンチ。
そのベンチに座った人は、心に強く願う“あの日”へと連れていかれる。
過去への旅路と再会、涙と祈りを描く連作短編シリーズ。
『駅のベンチで会いましょう』
あなたも、もう一度、誰かに会いたくなったら。
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