『誰も嘘をついていない』2ー1
【慎二郎は、そう言った】
俺(恒一郎)は、しんじ(慎二郎)の顔を見た。
しんじは、腕を組んで椅子にもたれていた。
目つきだけは、やけに落ち着いている。
「で、しんじはどう思うんだ?」
そう聞くと、あいつはすぐには答えなかった。
一回、軽く息を吐いてから、口を開いた。
「まずさ」
その言い方が、もう “説明に入る人間” の
それだった。
「“誰が言ったか” って方向で整理しようと
するのが、たぶん間違いなんだと思う」
俺は黙って聞いた。
しんじは、そういう時に口を挟まれるのを
一番嫌う。
「記憶ってさ、言葉単体で保存されないんだよ。
順番とか、前後関係とか、空気とか、
そういうのがセットで残る」
少し、早口だった。
分かってる。
これは俺に向けてというより、
自分に言い聞かせてる。
「だから、誰かが “やる” って言った記憶が
あったとしても、それが断定だったのか、
提案だったのかは、もう曖昧になる」
しんじは、机の上に視線を落としたまま続けた。
「それをさ、後から
“あの時こう言ったはずだ” って補正する。
それ、別に珍しいことじゃない」
「……じゃあ、誰も間違ってないってことか?」
俺がそう言うと、
しんじは少しだけ口の端を上げた。
勝ち誇るほどじゃない、
でも納得はしている顔。
「少なくとも、嘘をついているわけじゃない」
「みんな、自分の中では正しいことを言ってる」
その言い切り方が、妙に強かった。
まるで、それが事実じゃないと困るみたいに。
「話が噛み合わないのは、
誰かの記憶が欠けてるからじゃなくて、
最初から見てた角度が違うだけ……」
――そう言ったあと、しんじは一瞬だけ、
言葉を切った。
正直に言えば、その理屈が本当に正しいのか、
それとも自分を守るために作ったのか、
本人も、まだ分かってないのかも知れない。
…… しんじは、ここでようやく俺を見た。
「だから、“誰が原因か” を探すより、
“どうしてズレたか” を考えた方が、まだ建設的」
建設的?
十八歳が使うには、
少し背伸びした言葉のチョイスだ。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ、納得できた。
「……なるほどな」
俺がそう言うと、しんじは何も言わなかった。
ただ、少しだけ胸を張るような姿勢になった。
その時の俺は思った。
ああ、しんじはちゃんと考えてる。
少なくとも、
何も考えずに言ってるわけじゃない。
――ただその理屈が、
“正しいかどうか” よりも、
“自分は分かっている人間だ” という証明に
なっていることを、
俺はまだ、深く考えていなかった。
