産業ストレス学会で「虫退治」の発表をしました
2024年12月に名古屋で行われた日本産業ストレス学会では、当社関西相談室室長の辻井香絵と米沢が一般演題発表を行いました。今回は米沢の発表内容をご紹介します。
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第32回日本産業ストレス学会
日時:2024年12月13,14日
会場:ウインク愛知(愛知県産業労働センター)
テーマ:産業ストレスを取り巻く人と科学技術と社会の進展
https://procomu.jp/jajsr32/index.html
一般演題3 実践活動:メンタルヘルス支援
米沢宏、他:虫退治 - 自動思考をメタ認知するための一工夫
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▼「虫」とは何か
虫退治と聞いて、米沢は家庭菜園でもやっているのか?と思った方がいらっしゃるかもしれません。そうではなく、自分を否定するようなネガティブな声を発する「頭の中の発信元」を「虫」にたとえています。たとえば「落ち込み虫」とか「八つ当たり虫」とか「怠けてるんじゃないか虫」とか「どうせ嫌われ者だ虫」とか。こういった虫は、大好物のネガティブな言葉を聞かされたり、ネガティブな状況におかれると、「美味しい餌が来た!」とばかりネガティブな思いを増幅させていき、私たちをいやーな気分にさせるのです。
▼認知行動療法の7コラム法
たとえば昼休みに上司が自分だけ誘わず、同僚を連れてランチに行ってしまった例を考えてみましょう。上司と同僚が出かけるのを見て、「自分には声をかけてくれなかった。上司は私が嫌いなんだ」と思う人がいるかもしれません。一方、「ああ、ランチに行くんだな」としか思わない人もいるかもしれません。「あ、俺も早く仕事に区切りを付けてランチに行こう」と思う人もいるかもしれません。なぜ同じ状況でも考えることが違ってしまうのでしょうか。最初の人はひょっとすると、「私は人から嫌われる人間だ」という思い込みがあるのかもしれません。だから「上司は私が嫌いだ」と思って落ち込んでしまうわけです。
上司が本当に嫌っているのかどうかはわかりません。直接聞いて確かめることもできますが、「いや、そんなことないよ」と言われても、本当にそうなのか?と疑ってしまい、いつまでも解決しないかもしれないですよね。それよりも自分の物事の認知の仕方に目を向けて、ネガティブに受け止めてしまった出来事をきっかけに、悪い方悪い方へ考えが進んでしまう「思考のクセ」がないかどうかを分析してみるのが、認知行動療法の7コラム法です。
<図1>

まず気分が落ち込むきっかけとなった出来事を記入します。同時にどんな気分がどの程度出たか、悲しいが80%、不安が50%のように書き出してみます。そして「上司は私が嫌いだ」など、瞬間的に浮かんだ思いや考えを書いてみます。これを「自動思考」と呼びます。ほぼ自動的に浮かんでくる考えということですね。そして、そう思ってしまった根拠も書いてみます。たとえば「この前も誘ってくれなかった」など。
ちなみに「私は人から嫌われる人間だ」というような思い込み、あるいは信念みたいなものはスキーマと呼びます。スキーマはすぐに気づけないことも多いのですが、「ひょっとすると自分にはこういう考えの傾向があるかな」と気づいたら欄外にメモしておいてください。
▼認知行動療法の中核をなす「認知再構成法」
この「上司は私が嫌いだ」という考えは果たして妥当なものでしょうか。ちょっと冷静になってみて、必ずしもそうとは言えない事実を書き出してみます。たとえば「自分は作業に集中していた」とか、「先月は誘ってくれた」とか。そうやって書いてみると、「上司は邪魔してはいけないと思ったのかも」とか、「たまたま気づかなかったのかも」などといった別の考え、それも今回の事態を気にせず流せるような考えが出てくるかもしれません。これを「適応思考」とか「代替思考」と呼びます。あるネガティブな考えが一瞬浮かんだが、それとは違う考え方もあるよな、と気づくわけです。以上が認知行動療法の中核をなす「認知再構成法」です。
▼「書き出す」のが大事
この作業はこうやって書き出してみることがとても大事です。この作業を頭の中でやろうとしても、ネガティブな感情が支配しているし、作業を行う脳のワーキングメモリが小さいので、すぐに頭の中がいっぱいになってうまくできません。書き出す(あるいはスマホでメモする)ことで、ともかく「頭の中から外に出す」ことが大事です。そうすると自分のことが徐々に客観的に見えてきます。このように外から自分を眺めることを「メタ認知」と呼んでいます。
▼いろいろな考え方があるよねと気づく
「上司は私が嫌い」は本当かもしれない。でも遠慮したのかもしれないし気づかなかったのかもしれない。どれが正しいかはわかりません。でも、最初はこう思ったけど、こういう考えもあるし、ああいう風にも考えられる、いろいろあるよね、と気づくことで気分に変化が起こることが多いのです。考えの選択肢が増えると言ってもいいかもしれません。一つの考えにこだわらないで別の考えも視野に入れてみませんか、というのが認知行動療法の目指すところであり、世界で最も普及している心理療法なのです。
▼でも具合が悪い時はできない
復職支援リワークで認知行動療法を指導していると、「新しい考え方を知った!」とか、「こういう方法があったのか!」と好評です。しかし7コラム法のように紙に書き出して自分の考え方を検証する作業は、余裕がある時しかできません。「超絶うつ」の時に、「そうか、7コラム法をやってみよう」という気にはならないのです。ならないどころか、頭の中は「ダメだダメだダメだダメだ〜」で埋め尽くされているので、7コラム法のことなんか忘れています。一番具合の悪い時にこそ、何とかこの負のループ(反芻思考と呼びます)から抜け出せる方法はないのだろうか?と悩んでいました。
▼「虫退治」のアイデア
そこで思いついたのが東豊という家族療法家、天才的セラピストが1993年に公開した「虫退治」でした。専門的には「問題の外在化」と呼ばれる、ナラティブセラピーの一技法です。
講義では次のような図で説明しています。
<図2>

あなたの頭の中には「嫌われ虫」がいます。でも自分は本当にそうだと思っているから「虫」の存在なんて気づかないし、そんなこと考えもしない。「昼食に誘われなかった」というネガティブな出来事が起こると「虫」がそれをキャッチし、「ああ、俺は人から誘われないんだ」とささやく。それを聞いた「心」は、「ほら、やっぱり俺は人から嫌われるんだ」とつぶやく。そのつぶやきを聞いた「虫」は、「お〜、俺の大好きなネガティブワードが来たよ来たよ。そうだそうだ、俺は嫌われ者さ」とネガティブな気分を増幅し、「超絶うつ」に引きずり込んでいくわけです。
▼虫退治 虫に名前をつける
しかしこうなってしまうのは「虫」の仕業なんです!と利用者に伝えます。誰でも脳の中にいくつもの「虫」を飼っている。それがネガティブな言葉を聞いたり状況を体験すると、こうやって「虫」が暗躍する。
でも「虫」に気づけば、「ああ、こいつのせいで俺は気分が沈んだのか。俺のせいじゃない。虫のせい!」と考え直すことができ、ネガティブな思考から距離を取っていくことができます。そのためには「虫」に名前をつけましょう、しかもできるだけユニークな、面白い名前をつけてくださいと伝えます。「うつの虫」みたいに平凡な名前をつけてしまうと、この虫は隠れるのが得意なので、なかなか気づけないのです。昔タレントの明石家さんまさんが、「見っかっちゃった!」というギャグを言っていたように思うのですが、「虫」にそんな風に言わせる感じです。
<図3>

みなさん面白がっていろんな名前をつけてくれます。「どうせ虫」「けっきょく虫」「やだなあ虫」「カエル虫」「さきさき虫」「ネガ虫」「ポワポワ虫」「ミニラ虫」「カッチー虫」など、それぞれの苦労がこもった名前が出てきます。ネガティブな感情に支配された時に、フッと漏らす言葉が「虫のつぶやき」のこともよくあります。「俺ってダメだな」とか、「なんで俺だけ」とか、「どうしようどうしよう」とか。それを見つけたら7コラム法に落とし込んで妥当性を検証してみてください。
▼代替行動を決めておく
では、「あ、虫の仕業だ!」と気づいたらどうすればいいでしょうか。ネガティブになっているのだからポジティブなことを考えて対抗すればいい、と思われるかもしれませんが、「超絶うつ」の時にそんなことできません。こうやって理論を解説している私でもできないです!
ではどうするか。虫に気づいたら思考で対抗するのではなく、「行動を起こせ」です。ある人は虫に気づいたら片付けを始めるそうです。そうするとそのうち嫌な気分はどこかに行ってしまう。ある人はマツケンサンバを大きな声で歌うそうです。そうするとだんだんバカバカしくなって別の行動に移れるそうです。ある人は指もみすると気が紛れると言っていました。折り紙を折るとか、編み物を始めるとか、すぐに外に出て散歩するとか、タマネギを切るとか、スクワットを始めるとか、いろいろな対処法があるのです。
ポイントは、何をするかを「あらかじめ決めておく」ということです。「超絶うつ」の時に気分転換の方法を考え出すなんて無理です。だから「虫が出たら私はこれをする」と決めておくのです。虫に気づいたら、ぶつぶつ言い訳をせずすぐに行動を起こしてください。これが秘訣です。
こういった対処法を認知行動療法では「行動活性化」と呼んでいます。このようなやり方で嫌な気分に浸る時間を少しでも減らせるのではないか、というのが今回の発表の趣旨でした。発表では3つの具体的な事例を紹介し、理解を深めました。
▼メタ認知と当事者研究
この方法は、ネガティブな思考に支配されている自分を、「ああ、いま私はネガティブな思考に支配されているんだ」と外側から見る、つまりメタ認知に誘導するものだと考えています。
そして、時間の関係で発表では触れなかったのですが、自分の特性を知るという意味では「当事者研究」の一つと言ってもいいのかもしれません。当事者研究についてはまた別の機会に取り上げたいと思っております。
▼けっこう受けた
発表が終わって部屋を出てから、何人かの方に「面白かったです!」と声をかけていただきました。その夜の懇親会ではN先生から、「先生の発表を聞いたうちのスタッフが、『虫退治!虫退治!』って言うから何だと思って」と笑って教えてくれました。光栄です。
▼「虫は嫌い」という方へ
「虫」と言われてもピンとこないと仰る方もいます。「虫なんか嫌い!」と仰る方もいます。別に虫でなくても「外在化」できる言葉なら何でもOKです。「マイナス君」とつけた人もいました。「悪い自分の声」とつけた方もいました。ともかく「具合が悪い時にこそ気づきやすい名前」を見つけてください。ポイントはそこです。
「また虫の仕業か」と落ち込んでしまう方もいます。わかります、その気持ち。でも、まず「虫のせいだ!」と気づいた自分をほめましょう。気づくと気づかないでは大違いなのですから。「また虫のせいかよ」と落ち込んでも、ともかく行動を起こしてください。それを続けているうちにだんだん変わってきます。
ということでみなさん、ぜひ使ってみてください。そして使い心地や改良点を教えていただければ嬉しいです。虫にはまっている自分を笑えたら最高にいいなあと思っております。
